シンクに花瓶を置いたシンちゃんはジーンズの後ろポケットから黒い長財布を取り出して1万円札を二枚私に差し出した。

 ふわっとユリの香りが鼻腔をくすぐった。

「足りる?」

 叱られた子供みたいな顔をしたシンちゃんがどうしようもなく弱々しくて、心臓がぎゅっと痛くなった。

 まるで私がひどいことをしたみたいな罪悪感が波となって押し寄せてくる。
 そんな顔をするシンちゃんに狡さを感じたけれど、演技をしているようには見えなかった。

「……もういいよ」

 ううん、と首を振ったシンちゃんから2万円を手渡された。

「ちゃんと仕事見つけるね。だからごめんなさい」

 殊勝な姿を目の当たりにして、今度は私が泣いてしまった。
 なんて馬鹿らしいんだ。何の茶番劇なんだ。それなのに自分がひどくシンちゃんを傷つけたような錯覚に陥っていた。

「ごめん。シンちゃん。私、ひどいことしちゃったね」

 なんで百合が泣くんだよ、とシンちゃんの腕が伸びた。
 頭一個分、背が高い彼を見上げると唇が重なった。お互いに泣いていたこともあって、やけにしょっぱいキスだった。

「好きだよ。本当に。俺、頑張るから、どこにも行かないでね。ずっと俺と一緒にいてね」

 うんうん、と馬鹿な私は何度も頷いた。