机の引き出しに、買ってきた長方形の箱をしまう。
箱を開ける気になれなかった。
きっと調べたほうがいい。
それはよく理解している。
引き出しにしまうってわかっていたクセに妊娠検査薬を買ったのは、エリカのためだった。

エリカは泣いたけれど、何も聞かなかった。
私も何も言わなかった。
本当は自分から話をしたほうがいいとわかっている。

(ねむい)

椅子に座ったまま、目を閉じる。
まだ制服を着たままだ。着替えなきゃと思うけれど身体が動かない。
夕飯までにはまだ時間があった。
このまま眠ってしまったほうがいいのかもしれない。

(全部、夢だったらいいのに)

ケータイが鳴らない、メールがある日から来ていない、いつも歩いていた街中から少し外れる道の風景を見ていない、ギターの音がない、「ユカちゃーん」ていう脳天気な声で呼ばれない、骨張った手が、アイスグレーの目が、痛んだ金色の髪が、ない。

『翔太サンが、いない』

ということ。

それとも、全部夢だったのかもしれない。
ここ数ヶ月の出来事、すべて。

目を覚ましたら、何も起きていなくて、
そもそも翔太サンなんて人はいなくて、
私はベッドから出て服を着てリビングに行ってみんなに「おはよう」と言い、朝ごはんを食べて学校に行く。

そこまで考えて、ため息が出た。
どちらにしろ、現実感がない。

眠気はあるのに、眠れなかった。
そして、眠れないことにほっとする。
眠ったところで、あの夢を見るだけだ。

「ケンイチー、佑香ー、ごはんよー」

おかあさんの声が、遠くから聞こえた。
お腹が痛い。
胃のあたりが気持ち悪い。
やたら身体が重く感じるけれど、椅子から立ち上がってみんなのいる食卓に向かわなきゃいけない。

(一体、こんなのがいつまで続くんだろう)

立ち上がり、ドアを開ける。
制服を着替えるだけの気力はなかった。
暗い、食卓までの廊下で、そのままうずくまってしまいたかった。