私の苗字は「秋原」。「秋原佑香」が今のフルネーム。

ちょっと前までは「木村佑香」で、もっと前は「梅沢佑香」だった。

新しい苗字はそれなりに気に入っている。
少なくとも「梅沢」よりいい。

お母さんが再婚してそろそろ3年。
初めの頃に何となくあったギクシャクした空気がなくなって、なじんできたと思う。
ケン兄も、お父さんも。

(3年かあ)

そう考えると、お母さんが離婚した年がずっと昔のことのような気がする。
それは私は小5の時だったから、指折り数えてみたら片手でグーが作れた。

「ユカちゃんの字ってむずかしいねー」

感慨にふけっていたから、頭の中が一時停止になる。

「え?」

(ああ、漢字の話)

と気づくまで時間がかかってしまった。
目の前にいる翔太サンが

『空を翔るのショウに、丸太のタ』

と自分の名前の漢字を半ば強引におしえてくれたので、私もおしえる羽目になった。

私の名前を口で説明しても翔太サンにはピンとこなかったらしい。
ケン兄の部屋に連れて行かれ、
結果、自分の名前が書いてある楽譜が今2人の間にある。

私たちを囲んでいるのは、
電子ピアノにギター、
ドラムパッドやトランペット、
懐かしいリコーダー、
そしてなぜかオカリナ、
他。

通称「音楽部屋」と呼ばれているケン兄の部屋に、楽譜が一枚転がっていても何ら不思議はない。

『音楽』は、ケン兄の唯一無二の趣味で、唯一ケン兄が『普通』じゃないところだ。

音楽マニアを通り越して“音楽オタク”

なのだ、ケン兄は。

「翔太サンの字の方がよっぽど難しいです」

「そうかなあ?でもユカちゃんの字の方が見ない」
と翔太サンは反論らしきことを言う。

翔太サンに出会ったあの日から、玄関でスカイブルーのスニーカーを見かけるようになった。
たいてい彼はケン兄の音楽部屋にいるようだから、たまにしか顔を合わすことがない。

(いつも音楽部屋で何をしているんだろう)

ていう疑問は、部屋にきてあっさり解決した。
翔太サンの脇にある見慣れないギター。

「弾くんですか?」

私の視線に気づいて

「うん。俺、ギターの人」

にっと翔太サンは笑った。