いつもと違う道を歩くのは新鮮だった。
ふと歩道を見るとぱらぱらと同じ制服を着た人たちが同じように歩いている。
私もその中に何食わぬ顔をして学校へ向かっている。

きっと誰も気づかない。
私が男の人とセックスをしてきたなんて分からない。

でも、と思う。
いつもと違う朝を私は迎えている。
他の誰も気づかなかったとしても、私の中でそれは確か。

何かが変わった。

きのうの夜の痛みを思い出してこっそり笑う。
漫画のような甘ったるさはどこにもなくて、あの痛みが妙に現実的だった。
ひりひりするような痛みが今もある。

(夢じゃない)

痛みが現実に引き戻してくれる。

風が頬を撫でる。
ひやりと冷たくて意識がはっきりする。
こんなふうにちょっと離れただけで体温をどんどん失ってしまう。
ひゅうひゅうと音をたててすきま風が吹くみたいに、失う体温のかわりに私の身体を支配する「それ」。

(さむい)

息を吐くと空気が白く染まった。

学校の校門前でケン兄を見つけた。
違う制服だから目立つのに、当の本人は意に介していない、というか無自覚っぽい。
私に気付いたケン兄は歩み寄って無言で鞄をくれた。

「ありがとう。
……その、ごめんなさい」

頭を下げる。
ケン兄は「うん」と短く答えた。
おそるおそる顔を上げると、ケン兄はほんの少しだけ笑っている、ように見えた。

「今日は帰っておいで」

いつもの、ケン兄の声だ。
無関心にすら思える、起伏がなくて、でも冷たくない声。
不意にこみ上げる感情を飲み込んで、私は素直に頷いた。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

何度も心の中で謝りながら、今日はちゃんと帰ろうと思った。