―――プルルル プルル

カチャ

『はい。秋原です』

言葉に詰まる。
ケン兄だ。
頭の中が真っ白になっていて、考えていた言い訳が全て吹き飛んでしまって焦る。
何を言おう。
何て言えばいいんだろ。

『佑香?』

「……うん」

なんで、分かったんだろ。
間違っていたらどうしようって思わないのかな。
でもケン兄の声を聞いてちょっとほっとした。

『無事?』

ケン兄の声は素っ気ない。
でも冷たいわけじゃない。たぶん、怒ってもいない。

「うん」

そう、とケン兄は無関心な風に相づちをしたけれど、受話器越しに聞こえた。
安堵の息。

―――ごめんなさい。

「今日は友だちのうちに泊まるね」

『ああ、わかった。二人にもそう言っておくよ。
明日、学校は?』

「え?」

『行くなら鞄とかいるだろ。どうする?』

「……行く」

『じゃあ学校の前まで鞄持って行くよ。校門で待っているから』

しばらくして、受話器の向こうから『佑香?』と聞こえた。

「ああ、うん。わかった。ありがとう」

『どういたしまして。じゃあ明日』

「うん、また明日」と答えて電話を切った。

―――ごめんなさい。

さっきから何度も喉まで言葉が出かかっている。
やさしすぎる。
私はきっと、優しいのが少しニガテだ。

電話に出たのがケン兄で良かった。
今いる場所を聞かれなくて良かった。

今、誰といるか聞かれたら、私はたぶん喋っていた。