今日?

正直、何も考えていなかった。
翔太サンが心配そうな顔をしている。

「帰れる?」

その声はやさしくて、だから何故か裏切るような心苦しい気持ちになりながら、首を横に振った。
とても帰る気分になれない。

「どこに泊まるの?」

答えられなくて黙り込んでしまう。
今からエリカの家に突然行って「泊めて」というのは迷惑だろう。
突然、翔太サンは私の顔を覗き込んで

「まさか、野宿とか言わないよね?」

と聞かれた。
私はにへり、と笑う。
一瞬考えました。

「あのねえ。やめて、そういうおっそろしい発想」

思っていたことが顔に出ていたらしい。
翔太サンは少しピリピリしている。自分のせいだと分かっていても、心地がちょっと悪い。

「友だちのところに行きます」

「大丈夫なの?連絡は?ケータイ持ってきてる?」

「…ケータイ、持ってないです。」

一瞬、間が空く。

「ケンイチだけじゃなかったか」

今どきめずらしいねえ、と翔太サンは感想を漏らした。
そりゃめずらしいだろう。
今のご時世、小学生だってケータイを持っている。
だけど、私のみならずケン兄も持っていない。
特にお父さんもお母さんからも反対はされていないけれど、私たち兄妹は変なところで気が合う。

翔太サンは何か考え込んでしまった。

ネオンに目をやると、目がチカチカした。
行き交う人たちには薄手のコートを着ている。
ああ、ここ街中なんだな、と改めて思う。

(手)

つないだまんまだ。

にわかに思い出して、私は少し困った。
こんなところ誰かに見られたら誤解されちゃうよ?翔太サン。

「ユカちゃん」

名前を呼ばれて翔太サンを見るとひどく真面目な顔をしていた。
アイスグレーの目と目が合う。
翔太サンは少し困ったような、途惑うような、そんなあいまいな表情で微笑んだ。

「オレんち、来る?」

ひゅっと息を呑む。
驚いたわけじゃなかった。ただ、「ああ、どうしよう」って思った。
とうとう、この時が来てしまった。
覚悟とか、そういうのはもう関係なくて、なのになぜか、ちょっとだけ手が震えた。