夜の風は冷たく、頬を横切っていく。

家を飛び出して、ひたすら走った。

ここにはいられない。
いちゃいけないんだ。

(行かなきゃ)

脳裏に浮かんだその言葉が私をつき動かした。
行かなきゃ。
そうじゃなきゃ、息が詰まって死んじゃう。

どれくらい走っただろう。
通り過ぎていく景色は何一つ目に入ってこなかった。
息が上がって苦しくなって、それでもただただ走って―――

父親のことを思い出そうとした。
新しいお父さんじゃない、血のつながった方の。
何度も思い出そうとするのに、思い出せない。
脳裏に浮かぶのは、あの頃暮らしていた古いアパートの、薄暗いダイニング。
割れた茶碗。
思い出したくないことばかり詰まったあの場所。

くるしい。

くるしいくるしいくるしい。

走りすぎて呼吸がおかしくなっているのか、それとも違う何かなのか分からない。
叫びたい、と思った。
叫んでしまいたい。


ねえ、誰か―――



誰か、私を助けて。