ここ数日、原因不明の頭痛が続いている。

学校が終わってまっすぐ家に向かった。
放課後はネイルを見に行くはずだった。
でも「頭が痛い」というと、エリカは大げさに驚いた後、

「季節の変わり目だもんね」

と心配そうな顔をした。

うちの前に着くと、表札のそばにある郵便受けから郵便物を抜き出す。
宅配ピザのチラシやダイレクトメール。
玄関の横にある鉢植えの受け皿から鍵を取って家のドアを開ける。

「ただいまー」

返事はない。
お父さんは仕事、お母さんはパートだろう。
ケン兄の靴もない。

ひとりだ。

リビングに移動して、壁の時計を見る。
4時過ぎ。
テーブルの上には今日の新聞がたたんで置いてある。
静かだった。

不意に思い出す。
夕食後、ソファでくつろいでいるお父さん。
シャワーを浴びた後のケン兄がダイニングでコーラを飲んでいる。
その奥のキッチンで、お母さんの食器を洗う音がする。
3人がそれぞれ何かを話している。

何てことない光景。

再婚は、正解だった。

離婚後、私とお母さんは侘びしいアパートで2人で暮らした。
お母さんはいつも一生懸命働いていて、いつもやつれた、疲れた顔をしていた。
夕飯を作るのは私の仕事。
学校に持って行くお弁当も時々自分で作っていた。

『土曜日、友だちと遊びに行ってもいい?』

いつだかそう聞いたとき、お母さんは言った。

『あんたはいいわねぇ』

嫌味を含んだ声で、顔を歪めて笑った。
あれ以来、私は遊びに行きたいと言えなかった。

だから、良かったんだ。
何もかも。
お母さんは優しくなった。
幸せだ。
私は、幸せ。

そう思うのに、頭がギリギリと締め付けられる。
いつもの光景を思い出そうとする。
平和な何の変哲もないいつもの―――

お父さんとお母さんとケン兄。

(あれ?)

違和感に気付いて、何度もその光景を思い出す。
これ以上考えるな、と頭の中で警鐘が鳴る。
それとは裏腹に私は必死に記憶の中を探った。

そして、気付いてしまう。

(私は?)

(私は、どこ?)

どさり、と鞄が床に落ちた。

―――気付いたら、私は家を飛び出していた。