『うめちゃん』

はっと目が覚めた。
ひどくなつかしい声がまだ耳に残っている。
ベッドの上で、そのままぼんやりしたまま部屋を見渡す。
部屋の中は薄暗く、まだ朝には早いらしい。
目覚まし時計を見ると針は5時15分を指している。

『うめちゃん』は、小学生の時のあだ名だった。
梅沢だったから、うめちゃん。
夢の中でそう呼んだのは当時仲が良かった『みやちゃん』。

(本名はなんだっけ)

思い出そうとするのに思い出せない。
仲が良かったのになあ、と思う。

みやちゃんは急に転校が決まって、5年生になる前にいなくなってしまった。
転校の理由はしばらく後になってから知った。
みやちゃんのお母さんは、お父さんから受けていた暴力でひどい怪我をし、それが公になってみやちゃんのお母さんは遠くにある病院に入院することになったらしい。
いわゆる、DVだったんだろう。
みやちゃんから、お母さんが暴力を受けていることは何度か聞いたことがあった。
世間にそれが露呈したとき、「今さら」って思った。

―――今さら、何いってんの。

子どもの私とみやちゃんは、そんなこととっくの昔に知っていたのに。

あの頃、みやちゃんだけだった。
両親の毎晩のように繰り広げられる喧嘩の愚痴に辛抱強く付き合ってくれた、みやちゃん。

(どうして忘れていたんだろ)

今、みやちゃんがどこにいて何をしているかを知らない。
みやちゃんはもしかしたら知らないかもしれない。
みやちゃんが転校して私が5年生になって、私は『うめちゃん』じゃなくなったこと。
みやちゃん、元気?今何してる?

『はやく、終わっちゃえばいいのにね』

なにが?と聞くとみやちゃんは

『全部』

と答えるシニカルな女の子だった。

『うめちゃん』

忘れかけたみやちゃんの声が蘇ってふと思う。

―――どうして今、思い出したのだろう、と。