何か聞かなくちゃいけないことがある気がする。

翔太サンととりとめのない会話をしていると、そんな思いが何度もわき上がっては消えていく。

聞かなくちゃ。

そう思うたびに、焦る。

(何を)

何を聞いて、
何を知りたいの。

それを知ってどうするの?

「よーし、じゃあオレが何か弾いて差し上げよう」

得意顔で翔太サンが言った。
何でもいいから言ってごらん、とわざとらしい演技がかった言い方をする。
翔太サンは愛用のギターを黒いケースから出して脇に抱える。

「ディヴェルティメントニ長調」

「はい?」

しれっとしてリクエストすると素っ頓狂な声が返ってきた。
知らないらしい。

「モーツァルトの」

翔太サンはしかめっ面をする。

「くそ、悔しいけど分からない」

一応これでもクラシックは聴くようにしているんだけど、と翔太サンはぼそぼそと言い訳をする。
多分曲は聴いたことあると思う。
みんなタイトルを知らないだけ。
有名なところだけ口ずさんでみると、翔太サンは「おや」というような顔をした。

「それ、ディヴェルメントっていうんだ?」

「ディヴェルティメント」

「はい、ごめんなさい」と翔太サンは素直に頭を下げる。

「へえ、ディヴェルティメントね。一つ賢くなってしまった。
うん、いいよ。ちょこっとしか知らないけど」

言い終わるか終わらないかくらいで翔太サンは弦を弾いた。
ギターの音が響く。
コードを押さえる手から、翔太サンが勝手にアレンジしたディヴェルティメントニ短調が紡がれる。

目を閉じて耳を澄ませた。

どうして。

どうしてこんな音出すんだろう。

ガラスみたいに砕けてキラキラ落ちていく。

そんな音。

―――ふと音が止んだ。

沈黙に目を開くと翔太サンと目が合った。