「…!」


私は、彼を見つめ返すことしかできない。

何を言えばいいのかすら分からなかった。


「…どうして…、私の名前を…」


やっとのことで絞り出した言葉に、彼はにこりと微笑んで答える。


「名前…?当たり前だろう?“不思議の国”に迷い込んだ女の子は、みんな“アリス”さ。」


(!)


穏やかな笑みを浮かべる彼に、私は目を見開く。

彼は、私の名前を呼んだわけではないらしい。

はっ!と辺りを見渡すと、そこは私の知っている世界の影はどこにもなかった。

青い空には7色の雲が浮かび、木々が踊るように生い茂っている。

見たこともない建物が遠くに見え、空気さえも質が違う気がした。

私は、ぽつり、と呟く。


「不思議の国…?ここが…?」


「そうだよ。ここは人間が立ち入ってはいけない魔法使いの国だ。」


(…!)


「“人間が立ち入ってはいけない”…?」


すると、ウサギさんは私へと視線を移して言った。


「人間は、童話の世界を簡単に壊すことが出来る存在だからね。物語の結末をねじ曲げたり、最悪の場合その本自体を消すことが出来る。…だから、この世界では嫌われているんだよ。」