しぃん…。


部屋が静まり返った。

笑みを浮かべていたウサギさんが、わずかにまつげを伏せる。


「…そうだよ。」


「!」


「…僕は“エラの魔法”で、あの女への復讐を遂げたかった。」


闇をまとった声が響いた。

凍りついた感情が、空っぽの心の底に押し込まれているような気がした。

ウサギさんの笑みは、穏やかで優しいようで

しかし、いつも“仮面”を被っているようだった。

そうしなければ、彼は悲しみを抱えたまま生きてこれなかったのだろう。

オズが不機嫌そうに言う。


「まさか、初めから俺たちを利用しようと思って近づいたんじゃないだろうな?」


「あはは、まさか。…僕は運命は操れないよ。」


ウサギさんは、ちらりと私を見た。


「それに、はじめに図書館で僕に声をかけてきたのはアリスだったんだよ?」


「えっ!」


(…全然思い出せない。)


すると、ウサギさんは、すっ、と私の額に手を当てた。


ポゥ…ッ!


桜色の瞳が淡く光るとともに、どくん!と体に震えが走る。


“お兄さん、絵本が好きなの?”


“え…?”


封じ込められていた記憶が、ドッ!と頭に流れ込んだ。

散りばめられた記憶のかけらに映るのは、“黒髪の少年”。


(…!あれって…)


「…これで思い出したかい?」


にこり、と笑うウサギさん。

私の消されていた記憶が戻ったことを察したオズは、黙ったまま私を見つめていた。


「…いいの?私の記憶を蘇らせたりして…。シオリビトの記憶が残っていたら、問題なんでしょう?」


私が、そっと尋ねると、ウサギさんは微笑んで答えた。


「…エラの魔法で復讐することが叶った今、君の記憶を封じ込める必要はない。もし、僕が処刑されても、もう悔いはないからね。」