ぞくり…!


一瞬、思考が停止した。

伯爵は、私の手をそっ、と口元に近づけ、バラの棘で出来た傷に唇を寄せる。


『…何故だか分からぬが、貴様の血はこの世の誰とも違う香りがする。…この小さな傷から香る量で、私を酔わせるくらいにな。』


(そりゃ、この世界の人じゃないからね…!)


指に触れた柔らかな唇の感触に、ぞくり、と震えが走った。

伯爵からの提案は、笛の在り処を聞き出すまたとないチャンスだ。

しかし、一度彼の牙を受け入れてしまえば、私は“花嫁”として一生を捧げることになる。


(笛を探すどころか、屋敷から出られなくなるかもしれない…!)


体を強張らせ、私は伯爵から離れようと彼を睨んだ。

すると、伯爵は余裕の笑みを崩さず、ぼそり、と呟く。


『…これでもなびかぬか。』


彼は、すっ、と私の手を離した。

そして、そのまま目元を隠していた仮面へ手を伸ばす。


『…これなら、どうだ…?』


伯爵の瞳が鈍く光った気がした。

彼が目を閉じると同時に、仮面が外れる。

露わになった彼の顔を見た瞬間。

私は息をするのも忘れた。