「突っ立ってないで、ここに座れ」


同じ方向から原稿が見られるよう、明地が隣の椅子を引く。

至近距離に気後れしたものの、断るわけにもいかず、円はおとなしく腰を下ろした。


明地は、原稿から目を離さない。
長い指が、スッスッと紙面を下りていく。

円は、息を殺して、その爪先を凝視していた。

大きな爪だ。
小さくて横に長い円の爪の二倍はある。


「……っ!」


明地の指が、ついに最後の一行をなぞった。
右手に持ったペンは、顎の下から一度も下ろされていない。


――これは、修正なしということでいいのだろうか。


期待に円の心臓は激しく打ち鳴らされているというのに、それを嘲るように明地の指は冒頭へと戻り、紙面を撫でるようにまた最後まで辿った。


――どうなんだろう。どっち!?


円は耐え切れず、明地の顔を見上げた。
目が合った。


無表情の明地は、ペンを下ろした。
白いコピー用紙に、真っ赤なラインが弧を描く。


「花丸っ!」


思わず声を上げた円に、明地は優しく微笑む。

見たことのない柔らかな笑顔に、ぽうっとした円をニヤリを笑い、明地はペンを動かした。

ザッザッザッと勢いよく並べられた直線が、花丸の下に×を描く。


「え? バツが3つ? 3箇所修正ですか!?」


一度は引っ込んだ涙が、目尻から溢れそうになる。

赤ペンを投げ出して、頬杖をついた明地が、小首を傾げる。