「前、すみません。」

と彼が
私の前を横切るように
手を伸ばすのと、
私が
イスから立ち上がろうと
前屈みになったのが
同時だった。

唐突に
極めて接近した顔に
私ははっとする。

それは彼も同じだった。

私の動きも
彼の動きも
突然
ねじが切れたように
止まった。

窓の外からは
相変わらず
部活動に熱中する
生徒達の歓声、
じーわ、じーわ、という
セミの鳴き声。

ねっとりと
身体に絡みつく
重い熱い空気。

そして
目の前の
涼しげな端整な顔。

気が付けば、
私は彼の唇に
自分の唇を重ねていた。

暑い世界の中で
彼の唇だけが
ひんやりとしていた。