そんなこんなであと一ヶ月を切ってしまった。俺はもう当の昔に諦め、もう何も感じることなく生きていた。姉は相変わらず夜遅くまで勉強しているが、最近は俺が妨害しやめるように行っている。俺はもう覚悟がついてる。死ねるから。止めないでって。
姉は苦しそうな顔をする。だけどそれが俺の願い。変えられないし譲れない答え。生まれてきて、よかった。損はしなかった。姉貴とわかれ、この楽しい生活から離れるだけなんだよ。またいつか帰ってこられるよ。
最近描いている絵がある。題名はまだ決めてないがなんせ、俺が死ぬ間際に描いた作品なのだから思い入れの深い名前にしたいな。そんなふうに思った時だった。突然目の前が真っ暗になってその場に倒れてしまった。

____死ぬのかな。
もうこらで終わるのかな。



なにか聞こえた気がして目をあけると見知らぬ女の子がそこにいた。俺は勢いよく飛び上がった。そこは見慣れた天井で、見慣れた家だった。この子は誰だ?首をかしげていると置くからまた知らない人が出てきた。
「貴方、家の前で倒れてらしたんですよ」
「え……?」
俺が…?さっきまで俺は、学校の美術室にいたはず。
「山崎楓高校はどこですか!?」
「山崎楓?そんな高校聞いたことないですけど」
どういうことだ?俺は首をかしげた。その瞬間またあの頭痛がした。そしてあの吐き気も。
俺の顔色が豹変したことに気づいた女の人が袋と水を持ってきてくれた。また俺は知らない人の前で弱みを晒すのか…。最期まで恥ずかしい思い、しなきゃいけないのか。
「ごめんなさい」
「胃腸風邪ですか?」
「いえ、そういう訳では無いんです」
少し大きめ(小学三年ぐらい)の女の子が俺の服の裾を力弱く握ってきた。俺はその顔をどこかで見たことがあった。何故か懐かしくなって抱きつきそうになる。
だけど俺は条件反射かなんかでその子から離れた。
「すいません。もう俺ここにいられないんです」
「もうご飯の時間なんだから食べて行ってください」
それから強引ながらも動かない体を抱き抱えられ食卓テーブルまで行った。もう俺の体には力すら入らなかった。多分再発してしまったがんがまた大きくなったんだろうな、と思う。
食べ物を見るだけで吐きそうになるぐらい具合が悪かった。本当は寝ていたかった。だけど、せっかくの食事だ。食べておかないと。俺は食べた。
喉にせり上がってくる何か。吐き気が酷く、ひどくなるばかりだった。なのにおいしく感じた。最後の晩餐なのだろうか。頭が割れるように痛い。何も考えられない。ただただ簡単な感情しか感じられなかった。
「おいしい?」
「はい…ありがとうごさいます」
と、とたんに手に力が入らなくなり、目の前が暗くなり始めた。嫌だ、嫌だ嫌だ!死にたくない、まだ死にたくない。
必死になって箸を掴もうと掴もうとする。
「ど、どうしたの!?」
箸と茶碗がぶつかり合って不愉快な音立てた。目の前が暗くなっていく。俺は死ぬのか?もう終わりなのか?嫌だ。まだ生きていたい。生きたい。嫌だ!
最後の足掻きなのか?これも無駄なあがきなのか!?まだ俺はあの絵を、完成させてない。まだ死にたくない。思い残しがある!まだ、いやあとすこしでいいから。

そこで何も見えなくなった。


目が覚めると目の前に夕日があった。美しくかった。海が燃えるように赤く、空も燃えるように赤かった。俺はそれを眺めていた。隣には見覚えのある女の子が立っていた。
姉に似ているその子は夕日を見ていた。
「……きれ、い……だよね………俺も、…好き……な、…んだ」
「お兄ちゃんは死ぬの?」
「…う、……ん」
女の子はこちらを向かない。ずっと夕日を眺めていた。少し間を開けて女の子はこちらを向いた。くりくりしてていい目だった。俺はその目をやはりどこかで見たことがあった。
「死ぬのは怖い?」
「…怖くは、無いよ」
「でもさ、死んだらもう誰とも会えなくなるよね」
「うん」
「あすかちゃんとも、しずえちゃんとも。霧島おばさんとも」
どれも聞いたことのない名前だ。彼女の知り合いだろうか。
「会えなくなるのは怖いの?」
「…寂しくて、辛いだけだよ」
「死ぬのはどんな感じなの?」
彼女は夕日に向かった。まるでなにか答えを求め続ける探求者のような目だった。この子を見てると昔を思い出す。怖くて、怯えながらも日記を書いて、次の日死んでたら嫌だなとか思いながら適当に過ごしていた日々を。
昔、姉と一緒に見た夕日を。
何もかもが懐かしくて、何かもが失われてしまった。もう俺の頼りない手の中には何も無かった。愛も、勇気も、元気も何もかもなかった。今、ここでこうしているのが限界だった。
「…失うって感じだよ」
「うしなう?」
「…一人はさみしいだろ?それと同じさ。」
失うことは辛くて、寂しくて悲しいこと。これまでの姉の頑張りを無駄にし、姉の恋路を捨てさせ二十を超えて、結婚する年になっても彼女は俺を、選んでくれた。
その努力すら、俺が死んだら失われるんだ。俺も、姉貴も悲しいのは当然だよ。俺は一人で俯いた。
「僕は多分、この世にいらないから死ぬんだよ。姉の生きている道を妨げさせた害でしかないだ。」
「…邪魔ってこと?」
「うん」
「それは違うよ。お兄ちゃん。」
「なにが?」
「人は必要でも、不必要でも生死は選べないの。必要な人でも死ぬ時は死ぬし、いらない人でも生きる時は生きる。だからお兄さんは邪魔なんかじゃないんだよ」
「…だね」
爆発するような真赤な太陽に照らされて俺は目を閉じた。

目を覚ますと姉がいた。目の前に。
俺の筋肉のない骨だらけの手を握りしめて「死なないで。死なないで」と言い続けていた。
目の周りの筋肉も衰え、目もはっきり見えなかった。無機質な音が俺の耳に届いては弾けた。姉は顔を上げない。
「姉、さん……僕は、…じゃま?」
「…違う。」
「…なら、よかっ、…た」
目の前にはあの燃えるような赤い景色が広がっていた。
俺はもう死ぬんだ。
楽になれる。
「…姉貴、…じゃ、…ぁな。」
「ダメ!」


あれから私は弟のお通夜を終え、葬式を終えた。弟は昔、脳みその大切な部分に腫瘍を作ってしまった。しかし母親に看病してもらえず、重症だった。もう手に負えない、手をつけられないと行った状況で寿命は5年。
長くても6年だった。しかし弟は5年が経つ前に亡くなってしまった。それと同時に思い出したことがあった。
昔『俺は邪魔だから死ぬんだ』って言った人がいたことを。私はそれになんて返したかすら思い出せない。
なのに無性にそれが弟に見えてきた。あれがもし弟なら、弟は死に怯えていたのかもしれない。私の目の前では『死ぬのなんて怖くないから』なんて言っておきながら。私はそんなわけないのに安心していた。

わたしが結局弟を殺したのだ。

そのあと私は罪悪感に苛まれる。それすらも私は恐怖だった。