【短】甘すぎて素直になれない


 顔がいいだけじゃなくて、優しくするから人気者になるんじゃない。少しは考えてよ。

 そうやってクラスの中心で派手にやってるから、帰りしか話す時間がないんじゃない。



「ねえ、マジで愛花どうしたの?」

「どうもしない! で? 男子バレー部はどうなの? 今度、試合でしょ?」

「まあまあってとこ?」



 同じバレー部ってことで、帰りの電車が一緒になるわたしたち。
 方向も同じってことで仲良くなったわけだけれど、人気があるって知ったのはその後。



「で? 女子は?」

「いつも通り。弱小チームで悪かったわね」

「そんなこと言ってないだろ。今日はずいぶん突っかかってくるのな」

「……うるさい」



 うるさいのはわたし。
 咲也に当たるなんてどうかしてる。



「愛花は去年も機嫌悪かったよな」

「そう、だった?」



 気づいていたんだ。
 意外と空気読むし、周りを気遣うんだよね。
 あ、だからみんなに優しいのかな。



「わたし、バレンタインデー嫌いだから」

「嫌いなの?」

「嫌い!」



 周りに流されないで染めたりパーマかけたりしない自然な黒髪が好き。
 わたしの話を聞いてくれる可愛い耳が好き。
 優しく笑う口が好き。
 ちゃんとわたしを見てくれる目が好き。


 咲也が、大好き。


 でも、バレンタインデーに告白なんて馬鹿みたいに踊らされたくない。
 そんなイベントに振り回されるなんて、嫌だ。


 余計にバレンタインデーが嫌いになりそうだから。



 駅のホーム。電車を待っていたわたしたちは無言。
 それはわたしの不機嫌のせいなんだけど、もやもやしたまま別れるのは嫌だってちょっと思う。



「咲也、さ。バレンタインデー……好き?」



 だからって、なんてことを聞いてしまったんだろう。
 混乱しているのかもしれない。結局、わたしもイベントに踊らされているみたい。


 本当に情けない。



「好きだよ」



 咲也はきっと、そう言うと思っていた。
 もっともっと不機嫌になっていく。そんな自分が嫌いになるから、バレンタインデーは嫌い。



「だって、バレンタインデーは愛花の誕生日だろ? だから好き」

「……え?」



 咲也、今何て言った?
 もしかして、わたしの誕生日を知っていてくれたの? 教えたことなんて、なかったのに。



「なに驚いてんだよ」

「だって、知らないって思ってた……」

「去年の今日もずっと不機嫌だっただろ。理由わかんなくてさ。調べた」

「ストーカー」

「違うわ!」



 何でそこまでして調べてくれたの?
 バレンタインデーに誕生日なんて、可哀想なやつだなって笑いたかった?
 わたしよりプレゼント貰ってて、自慢したかったの?


 ひねくれ者。
 わかってる。でも、今日ばかりは素直になれない。素直になる余裕がないから。



「わたし、今日は素直じゃないから。去年のこと覚えてるんだから、わかるでしょ?」

「まるであまのじゃくだったな。真逆のことばかり言って」

「うるさい。咲也、いつも意地悪ばかり言うから嫌い」

「わかった、わかった。逆のこと言ってていいから。話聞いてよ」



 乗るはずの電車を見ないふり。咲也に誘われて、誰もいなくなったベンチに座る。
 こういう時の距離感がわからなくて、わたしは少しだけ離れた。



「誕生日はバレー部のやつに聞いた。部の資料作りとか何とか言ってさ」

「嘘が上手いね」

「褒めてる? 貶してる? まあ、いいや」



 可愛くない。わたしってば、本当に可愛くない。
 嘘までついて、わたしの誕生日を調べてくれたんだよ? 嬉しいよ。嬉しいに決まってるじゃない。


 なに、わたしひねくれてるんだろう。
 それすらも、わからなくなってきた。



「愛花は誕生日祝ってくれないのが嫌なわけ?」

「そんな子供じゃないし!」

「じゃあ、どうして?」

「言いたくない」



 違う。そんなんじゃない。
 ただ、そう。わたしは咲也が気に入らないだけ。咲也が、嫌い。




「だって、咲也が優しすぎるから」

「は?」

「女子にチョコ貰って、ヘラヘラ笑ってる咲也。すっごくカッコ悪い!!」



 言いたいのは、そういうことじゃない。
 みんなに慕われて、みんなが自然と集まって、咲也が中心にいることが当たり前で。


 だから、本当はチョコの数だけカッコイイんだよ。


 ただ、そう。
 わたしがワガママなだけ。
 咲也が中心にいて、たくさんの女子に見られていることが嫌。


 独占欲?
 違う。なんか、もやもやして不安になるんだ。


「本当はずっと言いたかったんだ。愛花」

「なにを?」

「誕生日、おめでとう!」

「バレンタインデーに誕生日とかふざけてるでしょ」

「そんなことない。こんなに愛が溢れる日に生まれたんだ。すごいよ。愛花って名前の通り!」

「それ、言ってて恥ずかしくない?」



 咲也は苦笑い。
 そうだよね。こんなにツンツンしてたら、話しづらいよね。わかってるのに、口が止まらない。



「恥ずかしいっていうか、ドキドキしてるかな」

「それ、恥ずかしいんじゃん!」

「違うよ」


 自然な動作で、咲也の手がわたしの頬に触れた。驚いて、何が起こったかわからなくて、わたしはただ咲也を見つめていた。


 駅を勢いよく通り過ぎる快速電車が、わたしの髪を揺らして咲也の手を触っている。



「日本ではバレンタインデーって、女性からのプレゼントが主流みたいだけど。そうじゃない国もあるって。知ってた? 愛花」

「……知らない」

「だから、俺からあげる」

「え?」



 手が離れたかと思うと、咲也は自分の鞄の中をゴソゴソと掻き回し始めた。



「なに?」



 咲也が取り出したのは、小さな箱。
 ハートの形をした可愛らしい箱だった。



「そんな高級なものじゃないけど」



 そう言って、咲也はわたしにそれを握らせる。
 触れた指先が震えていて、ふと顔を見れば赤くなっていた。


 つられてわたしまで熱くなってしまう。



「愛花、誕生日おめでとう。それと……」

「咲也」

「俺と付き合ってください」

「……え、え?」



 とぼけた声しか出なくなった。



 今までのワガママな言葉とか、嫌な想いや、ぶつけた暴言の数々を消し去りたくなる。


 こんなにめんどくさい女に、めちゃくちゃ人気者の咲也が告白? 告白、したの?


 どうして、わたし?



「あ、あの……咲也?」

「本気だから」

「だって、いきなり。どうして、わたし……」

「こうやってさ、気兼ねなく言い合えるの愛花だけだし。部活終わって帰るの、実はすげー楽しみにしてるんだ。いつも思ってた。手、繋ぎたいなって」

「は? 手、手を繋……っ」

「好きです。付き合ってください」



 どうしよう。
 うまく今の状況を整理出来ない。


 わたし、もしかして告白されて答えを待たれてるの?


 待ってよ。こんな展開、予想外すぎて混乱しかない。
 今すぐ返事とか無理。