えっ、と結々は声を上げた。あまりのことに、目の前の先輩を呆然と見返す。

「覚えてないって……」

「まだよくわからないのだけど、どうやら、記憶喪失みたいで」

「記憶喪失……?」

同じことを、口の中で呟く。

その単語は舌の上を滑って頭で理解することができない。

「中に、藤宮君がいるから。とりあえず、無事な姿だけでも確認しておいで」

動かない体を優しく促され、部屋へ入る。

白い光の灯る無機質なその部屋に、葵はいた。

ベッドに上半身だけ起こして、傍らに立つ見慣れない青年と何かを話している。

扉の閉まる音に気づいたのか、その場に突っ立ったままの結々の方へ顔を向けた。

彼の澄んだ瞳が、不思議そうに開閉する瞼の向こうに見え隠れする。

そして穏やかに透き通った声が、しんと静まった部屋の中にぽつんと落とされたのだった。

「……誰?」