冷たさの沈んでいる部屋の電気をつける。

隅々まで届く光にほっと息をついて、結々は暖房のスイッチを入れた。

「先輩、座っててください。今何か作りますね」

「あ、俺も手伝うよ」

「大丈夫ですよ」

時計を見ればもう夜の九時を回っている。

葵はしばらく落ち着かない様子でテーブルの前に座っていたが、結局台所までやって来て野菜を切る結々の横に並んだ。

「ごはんと、野菜炒めくらいしかできないんですけど」

「十分だよ。鈴本さん、料理うまいね」

「そんな事ないですよ。先輩、最近自炊どうしてるんですか?」

「いやあ、それが全然上達しないんだ。記憶喪失抜きにしても、俺って不器用みたい」

結々は笑いながら二つ皿を出して取り分ける。

「えー、先輩、なんでも簡単にこなしちゃいそうなのに」

テーブルを挟んで、向かい合っての食事を始める。

葵はおいしい、と料理をひとしきりほめた後、苦笑いして言った。

「俺さ、他にも結構弱点あるよ。まず家庭科全般が駄目だな。中学の時の通知表は、お情けで3だったし。あと、歌が苦手」

「歌が?」

「うん。合唱コンクールなんて、もう地獄だったよ。前にカラオケ行った時は、一曲だけ歌って後はずっとマラカス振ってごまかしてた」

歌に合わせてぎこちなくマラカスを振っている葵を想像して、思わず吹き出す。

「ね、イメージと違うでしょ」

「ううん、むしろホッとしました。弱点があった方がいいじゃないですか。なんか、人間らしくて」

いつもより葵を身近に感じる。

自分で勝手に作り上げていたイメージとの差に、なぜだか微笑ましい気持ちになった。

思えば、今まで葵の過去ばかりに気をとられていて、彼自身のことをあまり見ていなかった気がする。

「鈴本さんはあるの?弱点」

「うーん、いっぱいありますけど、とりあえず苦手な科目は数学ですね」

「へー、数学苦手なの?」

「はい。もう数式見るだけで頭痛くなっちゃう」

葵が笑うのを見て、結々の心も温もりに満たされる。

今はそれぞれが抱える事情や先入観をすべて取り払って、ありのままの自分たちで向き合えている。

そんな気がした。