「鈴本さん。俺、事故にあって今が四年後だって聞いた時、晴那はもうこの世にいないんだって聞いた時、本当にもう、今の時間なんていらないって思ったんだ。晴那がいないなら何もかもどうでもいいって。でも最近、少しだけね、忘れている記憶を取り戻してみたいって思えるようになった」

思いがけない言葉に、結々は目を丸くする。

葵はそんな結々に優しく微笑みかけた。

「鈴本さんを好きだった記憶を。楽しい思い出だったのかもしれないって、そんな風に思うんだ」

葵はただ、自分は立ち直りかけているのだと、結々を安心させる言葉をくれたのかもしれない。

結々が泣いていたから、慰めてくれただけかもしれない。

けれどその台詞に、結々の体は硬くこわばった。

「だから、聞かせてほしいんだ。ずっと耳をふさいできたけれど……鈴本さんとの今までの思い出、聞いてみたい」

葵が幸せだったと想像してくれている記憶など、二人の間にはない。

確かに結々から告白して、付き合うことになったけれど、それは表面上のことだ。

「俺たちは、いつもどんな会話をしてたの?」

実際は、片想いと何も変わらない。

「休みの日はどんなデートをしてた?」

冷たい風が吹く。

空はうっすらと淡いオレンジに色を変え、あたりには薄暗さが漂っている。

「私たちは……」

葵の顔を見れない。

「休みの日は、よく……流行りのお店でご飯を食べたり、手を繋いで買い物したり……」

嘘だ。

手なんて一度も繋いだことない。

「夜には電話で長話して、たまに喧嘩をしてもすぐ仲直りして、冗談を言い合って」

全て嘘。

彼氏ができたらこんなことがしたいな、と結々が勝手に思い描いていたことを言っているだけだ。