その時、はにかんで赤らめた結々の頬に、ふんわりと冷たいものが触れた。

顔を上げると、塗りつぶされた漆黒にちらちらと白いものが溢れて舞い降りてくる。

道行く恋人たちにそっと溶けるそれは、今年初めての雪だった。

思わずわあ、と声を上げて結々は立ち上がる。

目を輝かせて空を見上げる結々に葵はひっそりと笑うと、立ち上がってそっと手を伸ばした。

「クリスマスに雪か。絵になるね」

「はい」

掴もうとしてみても、それは葵の指先で淡く消えてしまう。

「私の地元ではあまり降らないから……雪って、すごく嬉しいんです」

「そっか」

葵は頷いて、空に向けていた視線を結々に戻した。

「少し歩こう。夕飯は何が食べたい?」

二人は話しながら、さらに人通りの多い方へと向かった。

結々が何かを話すたびに、葵はあの優しい笑みを浮かべる。

いつもより手放しに打ち解けている彼に結々は嬉しさを募らせた。

会話の中で、葵はふとこんな事を言った。

「俺ね、少し考えてみたんだ。例えば晴那が生きていた時、もし晴那が事故で俺のことを忘れちゃって、しかも昔の恋人のことだけは覚えているっていう状況になったら、俺はすごく辛いだろうなって」

そして悲しそうな、それでいて困惑したような曖昧な表情をこちらに向ける。

「だからごめんね。後ろばっかり向いててごめん」

結々は首を横に振った。

多分、謝るべきなのは葵だけではない。

葵が良心の呵責を感じているのは、記憶をなくす前の自分たちは相思相愛だったと思いこんでいるからなのだろう。

今との落差が、結々を傷つけていると信じている。

無意識に目を背けようとしてきた自分のついた嘘に、結々の胸は痛んだ。