振り返れば、葵の中に晴那のいない時間は存在しなかった。

幼稚園から一緒で、泣くのも笑うのも、いつも隣に晴那がいた。

思い出のどこを抜き出しても晴那の笑顔があった。

晴那が葵の名前を呼ぶたび、自分の手を引っ張って走るたび、そこから思い出が生まれていくのだから。


そんなうつらうつらと見る景色の中に、コポコポコポ、という微かな音が混じる。

明らかに目の前の情景にそぐわないそれは、あっという間に葵の意識を現実へ引き戻した。

はっと目を開けると、目の前には未だ見慣れない天井があり、そして視線を巡らせればコポコポ、と小さな音を立てる加湿器がある。

音の正体はそれだったのだ。

「あれ?」

きしむ体を起こせば、部屋の様子は自分が帰ってきた時とだいぶ変わっていた。

冷たく乾いていたはずの空気は程よく暖められ、カーテンもひかれている。

明るく灯る部屋に、テーブルの上にはスポーツドリンクや薬が置かれていた。

そして。

「あっ、先輩、目が覚めましたか?」

人の気配に後ろを振り返ると、それに気が付いた結々がにこりと微笑んだ。

「よく寝ていましたね。体調、少しはよくなりましたか?」

「どうしてここにいるの?」

驚きに、つい不躾な言葉を投げつけてしまう。

それでも結々は笑顔のまま、手にした冷却シートを机の上においた。

「さっき先輩にお台所使ってもいいですかって聞いたら、いいよって返事してたからてっきり気づいているのかと思っていました。あれ、無意識だったんですね」

くすくすと笑って、これ貼った方がいいですよ、と冷却シートを一枚手渡す。

額に貼ると、ひやりとした冷たさに思わず体を硬くした。

「それで、おかゆを作ったんですけど、食べられそうですか?」

まだはっきりとしない意識のまま曖昧に頷くと、待っててくださいと台所の方へ走っていってしまう。

すぐに戻ってきた結々の手には白い湯気がほわほわと立つお椀があった。

「ごめんなさい、勝手にいろいろして」

「いや……」