日が落ちるのは早くて、まだ時間も早いというのに階段は薄闇に包まれている。

一段一段踏みしめるようにしながら、結々は今日こそ葵と何か話せればいいなと考えていた。

こうやってタッパーを持っていくたび、葵はドアを細く開けてその隙間から顔をのぞかせる。

結々の姿を見ても特に反応するわけでもなく、ただぼんやりとこちらを眺める葵の手に無理やりタッパーを押し込めば、葵は戸惑いながらも頭を下げてくれる。

そしてバタンとドアを閉めてしまうのだ。

その音が「一人にして」と言っている様で結々は帰るしかなくなってしまう。

向き合おうと決めたはいいものの、葵の正面に立つ最初の段階ですら難しいと結々は悩んでいた。

……とりあえず今は、先輩においしいものをたくさん食べてもらおう。栄養つけてもらわなくっちゃ

ドアの前に立つ。いつもながら少し緊張して呼び鈴を押すが物音一つしない。

……留守かな?

確かにいつも葵が出てくるのは呼び鈴を鳴らしてしばらく時間がたってからだが、今は人がいる気配すらない。

そっとドアノブに手をかけてみるとそれはあっけなく開いた。

薄暗い廊下の先には、開いた扉の向こうに電気のついていない部屋が見える。

「先輩。藤宮先輩。鈴本です」

声をかけてみるも返事がない。

さすがに入るのはためらわれたが、もしかしたら中で倒れているのかもと、ためらいがちに靴を脱いで端にそろえた。

「おじゃまします」

小さな声でそう言うと、なぜだか忍び足になりながら部屋に足を踏み入れる。

「先輩?」

暗闇に目を凝らす。

と、ベッドの上に黒い影が動くのを見て結々は小さく悲鳴を上げた。

「先輩!」

葵だった。寝ているのかと思ったがそうではなく、家に帰ってきた格好のまま毛布の上に突っ伏しているのだった。

慌てて駆け寄って掴んだ腕が異様に熱い。

……熱があるんだ

そう思ってみれば、息も荒く、苦しげに汗を浮かべている。

何とかその体を毛布の下におさめて、部屋の片隅においてある加湿器のスイッチを入れる。

ぐったりと眠っている葵にどうすればよいのかと悩むが、とりあえず薬やら何やらを買ってこようとそっと部屋を後にした。