あの雨の夜、葵の言った「死にたい」という言葉に、結々は傷ついた。

自分の想いを拒否しないでほしいと、そんなことを言わないでほしいというその思いは、もしかすると葵の今の悲しみから逃げていただけだったのかもしれない。

自分を好きになってほしいと願う欲張りな気持ちがどこかにあったのかもしれない。

「俺もあの時、晴那のことは忘れろって言った。忘れろとしか言えなかった。でもそれは、あいつの負担になってただけだったのかもしれないな」

そううなだれる要に、そうじゃないとも、そうだとも言えない。

何が正しいのか、誤りなのか、結々にはわからない。

けれど、今の想いだけははっきりと口に出せた。

「私、藤宮先輩の悲しみに、ちゃんと向き合ってみようと思います」

葵が持つ晴那への想い、後悔、そんなものに一つ一つ向き合ってみようと思う。

葵が晴那への悲しみをやり直すというのなら、葵を救うなどという大それたことでなくとも、彼の気持ちに寄り添えたらいい。

「そうだな。俺も」

手にしたコーヒーを飲みほして、体が冷えてきたころ、要はそろそろ帰ろうかと立ち上がった。

「寒い中ごめん。葵がこの間どんな様子だったか聞きたくってさ」

あの日、晴那の墓を見たことで葵は彼女の死をはっきりと理解してしまったのだろうと要は言う。

雨に濡れて立ち尽くしていた葵をいきなり日の当たるところに連れて行こうとしたから、どうすればよいのか分からなかったのだ。

彼に傘を差しだして一緒に立っていることくらいなら、今の結々にもできる気がする。

そう気づけたから、ここへ来た時よりも気持ちはずいぶん軽くなっていた。