「私は、藤宮先輩のことが好きだから。だから、そんな風にしているんです。全然偉くなんてない」

結々の返答に要は少し目を見開き、そして優しげな笑みを浮かべた。

「あーあ、惚れた弱みってやつ?」

「まあ、そんな感じです」

「へえ、じゃあさ、あいつのどこに惚れたの」

興味津々に聞く要に、結々ははにかんで誤魔化す。

「それは内緒です」

「えー、いいじゃん、教えてよ」

食い下がる要の問いかけに笑ってやり過ごす結々の脳裏には、あの日見た薄青い風景が浮かんでいる。

それを大切に抱きしめるように、結々は一言一言、かみしめるように言葉を紡いだ。

「私はどうしても先輩に惹かれて、本当に大好きで、だから、いつも笑っていてほしいって思うんです。先輩が私のこと好きになってくれたらいいなって思っていたけど、でもそうじゃなくても、私は……あの事故の時、本当に心臓が止まるかと思って、無事だったことが、生きていてくれたのが、本当に嬉しかったのに、なのに、先輩は死にたいなんて言う……」

喉に熱いものがせりあがってきて苦しい。声が揺らいで、涙が頬を伝った。

「葵が、そう言ったの? この間?」

要が控えめにそう聞くが、結々はもう言葉にならないで頷くしかない。

冷たい風が、足元の枯葉を散らしてゆく。

涙をこぼし続ける結々をそっとしておくように、口を閉じていた要が、ふと言葉をこぼした。

「葵は今、もう一度、悲しみをやり直しているのかもしれないな」

「え?」

鼻と頬を赤くした結々が、やっと顔を上げる。

「葵はさ、晴那が死んだ時、あんまり泣けなかったんだ。信じられないって思っているうちに、葬式やらなにやらが終わっちゃってな。全部終わった後に、やっと死を実感しても周りの人間が悲しんだり落ち込んだりするのを引きとめたんだよ。早く忘れろ、早く立ち直れって」

まあ悪気はなかったんだろうけどな、と付け加える要を、結々はこぼれ落ちる涙をぬぐうこともせず見つめている。

「だからあいつは今、やり直しているのかもしれない。もう一度まっさらな状態に戻って、今度はちゃんと悲しむために」