「結々ちゃん! 何飲む?」

「えっ、じゃあ、コーヒー、甘いやつ……あったかいので」

ガコン、と缶の落ちる鈍い音がして、両手に飲み物を持った要が結々の横に座る。

「はい、結々ちゃんの」

差し出された片方を受け取って財布を出そうとする結々を、要が制する。

「いいっていいって、これは俺のおごり」

「でも」

「まあ、おごるとか言えるようなものでもないんだけどさ、とりあえず受け取ってよ」

笑顔で言う要に結々も笑ってお礼を言うと、一口含んだ。

「あ、美味しい」

暖かくて甘いコーヒーは、良い香りとともに冷え切った体にじんわりしみこんでいく。

「結々ちゃん、甘党なんだ」

「はい、苦いのが苦手で」

そういえば以前葵ともこんなことがあった、とふと思い出す。

あの時のコーヒーは苦くて、そして葵の隣はずいぶんと緊張した。

たった数週間前の話なのに、今ではもう遠い昔のことのように思えてしまう。

「結々ちゃん、この間は風邪ひかなかった?」

「あっ、はい、大丈夫でした」

「そっか、良かった」

要も自分の分の飲み物に口をつける。

「葵の記憶ってさ、いつ戻るんだろうね」

葵の四年間の記憶。

取り戻してほしいと以前は願っていたが、よくよく考えれば、取り戻したところで今と状況は何も変わらないのではないかと思う。

ただ晴那がいないという事実だけが色濃く鮮明に残るだけで。

空白の四年間、葵は今と同じように晴那を想い続けていたわけであるし、もともと結々を好きだったわけではないのだから。

記憶が戻ることで結々に恋心を抱くわけではないのだ。

今の葵が立ち直るためには記憶の回復などというものではなく、もっと根本的なところに問題があるのではないだろうか。

「結々ちゃんはさ、偉いよな」

「えっ?」

「だって今の葵は、まあこう言っちゃなんだけど他の女の子のことが好きで、しかも結々ちゃんのことは忘れてるってのに、あんな雨の中必死に探したり料理持って行ったり、すごいよ、ほんと」

「でも、それは遠野先輩も同じじゃないですか」

すると要はひらりと手を動かした。

「要でいいよ。でもそうだな、俺の場合はまあ幼馴染だし、結々ちゃんとは立場が違うっていうかさ」

結々はそれに小さく首を横に振る。