……あ、どうしよう。せっかく買ってきてくれたのに飲めない、なんて言えないし……

結々の手に握られた缶コーヒーのパッケージには、大きく無糖と書かれていた。

ブラックコーヒーはどうも苦手なのである。

ただ、コーヒー自体が嫌いというわけではなく、その証拠に部室ではいつも、甘いカフェオレを好んで飲んでいるのであった。

横に座った葵をちらりとうかがい、全く口をつけないのも悪いからと、むりやり喉に流し込む。

強いコーヒーの香りが鼻を突き抜け、後に残った苦味が舌の上に滲んだ。

「そうそう、藤宮先輩って、本当に写真が好きなんですね」

気を取り直すように、隣の葵に笑いかける。

「写真? うん、まあ、そうだね。……どうして?」

「だって先輩、いつもカメラ持ち歩いているから」

「ああ、まあ最初はただの趣味だったんだけどね。カメラというよりは、単にきれいな風景を残すことの方が大事だったんだけど、だんだんはまっていって」

葵の言葉を聞きながら、結々は、新歓や部室のアルバムなどで見せてもらった彼の写真を思い返していた。

夜の空や、雨の降る灰色の風景、そして闇が迫る街。

どれもとてもきれいだったけれど、それらの写真は葵自身の持つ静けさと、そしてそのさらに奥に広がる悲しみを反映しているようであった。

ページをめくるように一つ一つたどっていく中で、ふとあることに気が付いて結々はひとり言のように問いかける。

「あれ、そういえば先輩って、人の写真は撮りませんよね?」

それまで軽く微笑んでいた葵から、一瞬、表情が消えた。

それには気づかず、結々は言葉を続ける。

「前、他の先輩たちともなんでだろうねって話してたんですよ。何かこだわりでもあるんですか?」

「いや、別に……」

視線をそらす葵に、結々は明るく言う。

「あ、じゃあもしよかったら、私の写真撮ってもらってもいいですか? ほら、先輩撮るのうまいから、私でも少しはうつりが良くなるかも、なんて……」

「ここじゃ背景に何もないし」

前を向いたまま、淡々と葵はこたえる。

そのあまりにも感情のこもっていない声に結々ははっとしたが、慌ててぎこちない笑みを作った。

「そ、そうですよね。それじゃあ、今度景色の綺麗なところに行った時にでも……」

「……いつかね」