葵の発作はそれからも続き、本来もっと早く退院できるはずだったのが、延期されてしまった。

結々が病室に行くと、葵の目は決まってどこかをぼんやりと見つめているだけでこちらを見ようともしない。

しばらくそうしているのだが、突然、苦しげに咳き込んでは痙攣をおこしてしまう。

そんなことの繰り返しだった。

医者達に囲まれ、ただ体をひくつかせては疲れ切って眠ってしまう彼を、結々は空っぽだと思った。

人は大切な人を亡くしたとき、怒るでも泣きわめくでもなく、ただ空っぽになってしまうのだと、発作を繰り返す葵の姿に実感していたのだった。


それでも結々は、葵のもとに毎日通う。

苦しむ葵の傍に、結々はそっと息を殺すようにして付き添うことしかできないが、こんな状態の葵を放ってなどおけない。

だから今日も、こうして授業終わりに病院に足を運んでいるのだった。

また発作を起こしていたらどうしようと思いながらドアを開けると、しんとした空気に結々はベッドの方に目を向ける。

葵はそこで、静かな寝息を立てて眠っていた。

窓から差し込む夕日が、白を基調とした病室を橙に染める。

その中に差し込む金色の光の筋が、葵の穏やかな寝顔に降り注いでいた。

「先輩」

そう呼びかけても、葵は起きる気配がない。

きっと結々が来る前に発作を起こして、そのまま疲れ切って眠ってしまったのだろう。

今日はもう帰った方がいいかと、ドアの方に歩いて行こうとしたその時、背後からの微かな声に結々は立ち止まった。

「晴那……?」

葵の方を振り向くと、彼は薄目を開けてこちらを見ている。

傍まで行くと、弱弱しく手を掴まれた。

いきなりのことに結々は驚いて身を硬くするが、葵の瞳はおぼろげに揺れていて、寝ぼけているのだとわかる。

「晴那、でしょ」

葵の口が小さく動いて、呟きのような言葉を漏らす。

「なんだ、良かった。ちゃんと、晴那がいる」

結々と晴那を間違えているのだろう。

けれど葵はそういって安心したように微笑むから、結々は葵を現実に引き戻すことなどできなかった。

残酷だろうか、と思いながらも、結々は声を絞り出す。

「いるよ。ちゃんと、いるから」