その日から、結々は葵の病室に足を運ぶようになった。

最初は警戒心をあらわにしていた葵だったが、毎日来る結々の姿に慣れたのか、徐々にそんな様子はなくなっていった。


病室に行くと大抵、要か葵の母親がいて、葵の傍に付き添っているのだった。

要によると、葵の父親も時折仕事帰りに見舞いに訪れているらしい。

そんな時、結々は葵が地元の出身でよかったと思う。

実家が大学から離れたところにあるからと、普段は一人暮らしをしている葵であるが、結々のように県外から来たのであればこうやって両親も頻繁に見舞いに来ることは出来ないであろう。

ただの怪我であればともかく、記憶を失っているのだから、見知った人は多い方が安心できるに違いない。


このままうまくいけば、葵の記憶も元に戻るかもしれないと安心していた結々だったが、その思いはそれから数日で否定されることとなってしまった。

その日、いつものように学校帰りに葵の見舞いに訪れた結々は、突然廊下の奥から聞こえてきた喚き声に足を止めた。

叫びすぎてひきつったそれは、葵の病室からのようだ。

慌てて駆け込んだ部屋には要もいて、ベッドからずり落ちそうに身を乗り出した葵に、何かを叫びながらしがみつかれているところだった。

「藤宮先輩……」

思わず口にした呟きは、葵の声にかき消される。

「なあ、嘘だろ? 嘘なんだろ! 晴那が、晴那が……」

そこで言葉が途切れ、ゴホゴホと苦しげに咳き込む。うろたえた要がその背をさすった。

「ほら葵、駄目だって。お前熱あるんだから、落ち着いて……」

「だっておかしいだろ! 俺は絶対信じないからな! 要が、要が嘘ついてるだけなんだろ!」

結々から見た葵は、優しくて穏やかで、そしてたまに寂しげで、怒りなどどいう感情からは一番遠い人だった。

こんな風に感情を爆発させている葵は見たことがない。

目の前の信じられない光景に、結々は動くことができなかった。

「晴那はついこの間までいたじゃないかよ! そんなの誰が信じられるか! 晴那が……晴那……」