「俺は小学校五年生の時にこっちに転校して来て葵と知り合ったんだ。まあまさか大学の学部まで一緒になるとは思わなかったけどな」

葵が高校一年生の時にすでに知り合いだったから、要のことは覚えていたのだ。

ということは。

もう一つ心に引っかかっていたことも聞いてみることにする。

「あの、じゃあ病室でずっと藤宮先輩が呼んでいた晴那さん、でしたっけ……その人も、藤宮先輩の昔からの知り合いだったんですか」

あの時、葵はまるで子供の様にその名前を呼び続けていた。

自分の不安や焦りをあんなにも人にぶつける彼は、いつもの姿とはまるでかけ離れていただけに、気になっていたのだ。

晴那という人は、葵にとってどのような存在なのだろう……。

それを聞いた要は、途端に表情を硬くした。

どうしたのだろうと訝しむ結々だったが、その時ちょうど注文した料理と飲み物が運ばれてきて、会話は中断されてしまった。

目の前におかれた紅茶に、二人して口をつける。

先に口を開いたのは要だった。

「この話は結々ちゃんに話すべきか、ずっと迷っていたんだけど……結々ちゃんは葵の彼女だし、後々知らなきゃいけないことだろうから話そうと思う」

かち、と小さな音とともにカップがソーサーに置かれる。

ルビー色をした液体の中心が微かに波立って、そこから波紋が広がっていった。

「葵が記憶をなくしたのは、精神的なものだって言っただろ? 俺は多分、いや絶対その晴那に原因があると思うんだ」

そして結々を真っ直ぐに見据える。

「晴那は、葵の幼馴染の女の子の名前だよ。二人とも小さい頃からお互いのことを好きだったみたいで、まあ、俺から言わせれば随分と不器用な二人だったから、なかなか告白できなかったみたいだったけど。中学に入ってやっと二人は付き合いだして……ああ、葵が写真始めたのもこの頃だったな……あいつら、本当に仲がよかったんだ。なのに」

そこでいったん言葉を切って、要は暗く目を伏せた。