今井先輩を見てる美奈子は、いつでも楽しそうだった。

そんな美奈子を見てるのは、こっちとしても楽しかった。



あぁ、いい事あったんだなーとか。

あんな顔するんだな、とか。



気付かないうちに目で追ってた。






で、気付いたら美奈子のことを好きになってたなんて、笑えるよな・・・。



“来る者拒まず”をモットーに女の子と付き合ってきた俺が、ぱったりとお付き合いをお断りするようになったもんだから、抗議の電話やメールが来る来る・・・。


夜中にうるせーぞ、と親父に言われるくらいだった。



きっちり女性関係を片付けて、機会を待つこと数ヶ月。


失恋したばかりの美奈子に声をかけた。







お付き合いの条件に出された約束は5つ。


それで十分。

美奈子と付き合えるなら、本気でなんだって良かったんだ。




なにより、美奈子には笑っていてほしかった。


今井先輩を目で追ってた時みたいにさ、笑顔でいてほしかったんだよ。


まだ笑えないなら、笑えるまでずっと、隣にいるからさ。






美奈子との関係に、別に大きな変化を期待してるわけじゃない。

だけど・・・、これは期待せずにはいられないだろ。

目の前に張り出された紙には“野球部夏期合宿”。

合宿場所は学校裏の部活棟、期間は夏休みの2週間。


つまり2週間、美奈子とは毎日顔を合わせるわけだ。

ちょっとぐらい色々と期待してもいいんじゃないだろうか・・・。



「新米エース?にやにやしてんねー」





急にかけられた声と考えていたことの後ろめたさに、飲んでいたコーヒーで思いきりむせた。


「・・・っ」

「やらしいことでも考えてたの?」


あながち間違いではないことをさらりと言うのは真紀さんで、隣で美奈子が嫌そうにこっちを見てた。


「お年頃だね、新米エース」

「いや、違うから。ただ日時の確認を・・・」

「あやしー」


容赦ない美奈子の一言。





気を取り直して。


「大丈夫、考えてたとしても対象は美奈子だから」

「・・・サイテー」


ますます嫌そうな顔をした美奈子が部室を出てって、真紀さんは棚からスコアブックを出しながら笑ってる。



「それで?」

「はい?」

「自信のほどは?」


質問の意図がわからず、とりあえず練習のことを答えておく。


「まぁ、ぼちぼちかと・・・」





「ぼちぼち程度の気持ち?美奈子のこと」


・・・あぁ、美奈子のことか。


「あぁ、そっち。ぼちぼちどころか美奈子のことはマジですよ」

「ふーん」


賢そうな人だから、何かとごまかしがきかなそうだな。


赤ぶちメガネの真紀さんは、毎回定期テスト上位にいるから実際に賢いはずだけど。

にこにこ微笑んどけば、許してくれる女性でないことは確かだ。

もちろん美奈子もそうだけど。





「ま、いーや。密かに応援してやってんだから頑張んなさいよー新米エース」

「・・・どーも」


会議があるらしいから、それに使うんだろう。

スコアブックを抱えて真紀さんも部室を出ていった。



反対はしてないなーとは思ってたけど、まさか応援してくれてるとは意外だ。


美奈子とお試し恋愛を始めて1ヶ月。

相変わらず美奈子の気持ちは変わらず、今井先輩のことを忘れていないらしい。





とりあえずは、このままでいい。

前より信用してくれたのか、帰りに待ってても何も言われなくなった。

そういう小さな変化を見逃さないようにすればいい。


今はまだ生意気な後輩の位置でも構わない。

だけどこのお試し恋愛が終わる頃には、キスより先を許してもらえる関係にならないと。



こんなふうに誰かを好きになることなんてないと思ってた。

だから、美奈子のことを諦める気なんて、はじめからさらさらないんだよ・・・。