***







誰かのことを知りたいと思うのは、その人に興味があるから。


じゃあ、自分のことを知ってもらいたいって思うのはどうして・・・?



―――それは、その人のことが好きだから。



好きだから、知りたいって思うし、知ってほしいって思う。





亮介のことを、こんなふうに好きだと思ったのは、きっとあの一言があったから。


“2年間の気持ちがもったいないだろ?”


あんなふうに、私自身だけじゃなくて、私の気持ちも大切に思ってくれる人がいるんだ・・・って純粋に驚いた。

いい加減で、へらへらしてて、いつも超前向きポジティブで、何も考えてなさそうなのに。

なのに、人の気持ちをこんなに大切にするんだ・・・。


亮介のことを、ちゃんと真っ直ぐ見つめたのは、あの一言があったから。









そんな亮介だったから、好きとか恋とか愛とか、信じてみようかなって思った。


・・・そう、思えた。






“俺のこと真剣に考えて?”


真剣に言った、亮介の顔を覚えてる。


次は私が伝えなきゃ。

そして、亮介のことをもっと知りたい。








***






翌朝目が覚めたら、秋晴れのいい天気だった。


窓辺に置いたスノードームが、陽光を反射してキラキラ輝いていた。









――雪が降る頃までには。

亮介がそんな決意をしてたなんて、全然知らなかったよ。



――冬が終わるまでには。

美奈子がそんなことを思っていたなんて、知らなかった。







痛いほどの寒さの中でした私達の新しい約束。これからも二人で守り続けていけるなら、なにより嬉しい――。







自覚してしまったら、あっという間だった。

今までと何も変わらないはずなのに、亮介がやけに視界に入る。
グラウンドにいる米粒大の亮介でさえも見つけられる。

……なんかもう、重症だ。




「ふぅん。ようやく自覚したわけね」

「……真紀はいつから気付いてたの?」

「夏ぐらいかな?亮介といる時の美奈子の表情が変わったから」


自然な笑顔だったもの、と言った真紀の言葉に顔から火が出る思いだった。


「で、お試し恋愛は、いつ終わらせるの?」


にやり、したり顔で笑う真紀に、お手上げとばかり机に突っ伏した。






亮介にどう接したらいいのかもわからないのに、お試し恋愛を終わらせること、なんて説明したらいいのよ……。

だってそれってつまり、告白だし……。

今まで、明らかに有利な立場でしか接してなかったから、これからどうやって亮介に接したらいいかなんてわからない。



ぼそぼそ喋る私に、真紀は驚いた顔を見せて、それから笑った。


「あははっ!そっかそっかぁ。美奈子は恋愛するとそうなるのね。面白いもの見れたなぁ!」

「なによ、それ。ちっとも面白くなんてないのに……」

「だってさ、今井先輩の時は楽しそうではあったけど、やっぱりどこか冷静だったというか。でも、亮介に対しては冷静さを無くしてるみたいだからさぁ」

「やだよ、こんなの。亮介相手にかっこ悪い……」

「いいんじゃない?それくらい本気ってことじゃない。……あ、ほら、走ってるわよ王子様が」


楽しそうにグラウンドを眺める真紀に、盛大にため息をついた。


豆粒大の亮介がグラウンドを走ってる。
もうすぐマラソン大会だから、体育がランニングなんだ……。






足、早いなぁ。
マラソン大会、応援しよう。


「――マラソン大会、応援しよう。なんて考えてたり?」

「なっ!そんなこと考えてなんか、ないよ……」

「ま、いいけど。でもさ、美奈子と亮介じゃあ、なかなか素直になれないかもしれないけど、好きって気持ちはちゃんと伝えなきゃね」


……わかってる。

私の過去を知っても、それでもまだ私のことを好きだと言ってくれた。
あの真っ直ぐな気持ちに返事をするなら、私もきちんと誤魔化さないで伝えなきゃいけない。


「……うん。わかってる」

「よしっ。じゃあ次の授業教室移動だよ、ほら行こう」

「うん」


立ち上がった時、ふいに呼ばれた。


「佐藤ー!後輩が呼んでるー!」


後ろのドアの所。
女の子が一人いた。
一つ下の学年を表す緑のリボン。
大きな瞳にさらさらの髪。

近くの男子が騒いでる。

一つ下の学年で人気のある子。
苗字はわからない。
でも名前は知ってる。

確か、――りな。


いつだったか亮介が、そう呼んでた――。






「すみません、呼び出したりして」


すみませんと、全く思ってないような顔。
絶対に負けないって彼女の目が言ってる。


「……私に何か用事?」

「はい。亮介のことで」


だよね、それしか私に用事なんてないよね。


「それで、要件は?」

「亮介と付き合ってるんですか?」


直球な質問。
そうだけど、今は肯定出来ない。
まだ正式に付き合ってるわけじゃないから。
だって私は、気持ちをちゃんと伝えてない。


「……まだ、付き合ってはいないよ」

「まだってどういうことですか?」






「そこまで詳しくあなたに話す必要あるの?」

「……ないですね。でも、」


強い目で、こちらを見てくる彼女。
少しだけ、昔のことを思い出した。
昔、あんな目で私を見てたあの子のこと。

でも、今は負けない。
昔と今は違うから。


「でも、私と亮介はまだ付き合ってますから。それだけ言っておこうと思って」


――付き合ってる?誰と、誰が?

驚いた表情をした私に、彼女は勝ち誇った顔で微笑んだ。


「誰と誰が?」

「私と亮介」


彼女の唇が弧を描き、綺麗に笑う。
絶対な自信を持って。


「……違うでしょ」

「まぁ、正確には関係が終わってないってだけの話しだけど」

「関係?」

「そ、私が中学の時からの“お付き合い”。高校に入ってからもたまに関係はあったし、私も亮介も終わりにしようなんて言った覚えはない」






「亮介、そういうのはもう、やめたんじゃないの?」

「そう思います?先輩ちゃんと聞いたんですか?」

「そう聞いたけど……」

「だとしても、それっていつの話?最近?」


――最近じゃない。
けど、関係が続いてるなんて、そんなはずない。

あんなに近くにいて、気持ちも痛いくらい伝えてくれたんだから。


「今日、亮介に聞いてみたらどうですか?」


その方がいい。
彼女の話より、亮介の話を聞きたい。


「でもまぁ、今日は誘っても断られると思うけど。だって、亮介は今日私と約束があるから」

「あなたと?」

「そ、久しぶりにね。今日はお昼も一緒だったし。亮介、お昼に来なかったでしょ?」


……来なかった。


「先輩と亮介、仲いいみたいだから。誤解しないように、変に期待しないように教えてあげなきゃと思って。呼び出してごめんなさい、それじゃあ」


勝ち誇った笑みを残して彼女は背を向けた。