今はまだ、何の“ありがとう”か教えるつもりはないけど。
「で?結局今井先輩はなんて?」
「ん〜、ありがとうって言われただけ」
「あんまり傷ついてなさそうだね」
「うん、なんかね。スッキリした感じ」
「それは良かった。で、亮介はどうするのよ?」
・・・まだ言うかな。
真紀はよほど亮介がお気に入りらしい。
「まだよくわからない。けど、嫌いじゃないよ」
亮介のことをもう少し知りたいと思ってしまったことは、まだ内緒だ・・・。
「あと一押しか・・・」
「真紀?なんか余計なこと考えてない?」
「うん?美奈子のためを思ってるだけだよ」
にっこり笑って言う真紀に若干の不安を覚える。
・・・大丈夫かなぁ。
「あ。真紀、私ちょっと亮介待ってみるから先帰って?」
「え!待つの!?」
「うん、ちょっと」
「そっか、へぇ。・・・うんそうね、じゃあお邪魔にならないうちに帰るね」
一緒でも、邪魔なんてことないんだけど。
ひらひらと楽しそうに手を振る真紀が帰って行ってから、玄関のベンチに腰を下ろした。
待つのって、こんな感じなのか・・・。
なんていうんだろう・・・。
今井先輩がだめだったから亮介、とか都合のいい事ではなくて。
ただ単純に一緒にいるだけ。
はじめに亮介に提示した条件通りの、1年間だけのお試し恋愛。
だけど時間が経つにつれて、亮介のことをもっと知りたい、と思ってしまった。
この気持ちがどんなふうに育つかなんてわからないけれど。
まだ、“好き”まではいかない。
だけど、“気になる”だけじゃない。
曖昧な気持ち。
廊下の向こうの方から近づいてくる足音を、なぜかドキドキしながら待ってしまう。
亮介だって、わかるのはなんでだろう・・・。
「――美奈子?」
なんてことない話題を、ふたりで話しながら帰る。
亮介は自転車を押して、私はその横を歩きながら。
・・・なんだろう、いつもと変わらないのに、調子が狂うな。
「ねぇ、そういえば亮介のお父さんって何してる人?」
「ん?あぁ、カメラマン」
「・・・・・。」
・・・カメラ、マン?って写真撮る人よね。
「え?何美奈子その疑いの目。ほんとなんだけど」
「いや、見た感じどこかの会社の重役さんかなって感じだったから。何の写真撮るの?」
「空とか自然とか人とか色々?」
「へぇ」
「まだ帰ってきてないの?」
「うん、来月あたり帰ってくるんじゃない?」
「ごはんとかどうしてるの?」
「・・・自分で作るけど」
私の質問責めに、亮介がにやりと笑う。
なに、その生意気な顔。
「俺のこと、そんなに知りたい?」
「・・・は?」
「これからうち来る?そしたらもっと色々わかると・・・痛ぇ」
あきらかにそういう意図を含んだやらしい言い方に、頭を軽くはたく。
別に変な意味じゃないし、とか卒アルとかを見てさぁ、とか、ぶつぶつ呟く亮介は放っておくことにする。
内心気を付けなきゃって思う。
ちょっと知りたい、っていう気持ちがだんだん大きくなってる。
“亮介を好きにはならない”
“年下は恋愛対象外”
そういう考えを変えさせてしまうほど、亮介の存在は自分の中で大きくなってるのかもしれない。
―――だけど、怖い。
亮介を好きになるのは。
人を、好きになるのは・・・。
亮介の過去も、これ以上は踏み込めない。
自分自身の過去にすら、けじめをつけれてないのに。
「・・・美奈子?聞いてる?」
「えっ。あ、ごめん何?」
いつの間にか考えこんで動きが止まっていたらしい。
覗きこんでくる亮介に声をかけられて、やっと気付いた。
「20日って何か予定ある?」
「・・・20日?えっと、今月の?」
「うん、今月。9月20日の土曜日」
・・・予定ならある。
学校の後、真紀と何人かの友達と夕方からごはんを食べる約束。
いちお、誕生日だから。
でも、亮介は知らないはず。
誕生日だって知らないで誘ってるんだよね・・・?
探るように見上げれば、久々に見る胡散臭い大人びた笑顔。
「その日、誕生日だよね?」
・・・どこのどいつだ、教えたの!
“彼氏”ではないから、教えるつもりなんてなかったのに。
ちらりと沢藤の顔がよぎった。
だいたい、余計なことするのはアイツだけなはず・・・。
「もし予定あるなら、少しでいいから時間欲しいんだけど」
「・・・・・。」
・・・さて、どうしよう。
亮介がどういうつもりかわからない。
プレゼント、とかなのかな。
胡散臭い大人びた笑顔の裏に何を隠してるんだろう。
「考えとくね」
「わかった。じゃあ考えといて」
いちばん無難な答えだったはず。
それに、これ以上は追及されない。
ちょうどマンションの裏手に到着、あとは帰ってしまえば話はおしまい。
「・・・じゃあね?」
「うん」
おとなしく頷いたまではいいけど、腕離してよ?
なぜか急に掴まれた腕。
それに、なんでそんなに真剣な顔をするの?
調子が狂うんだってば・・・。
「美奈子?」
「なに?・・・っていうか条件忘れてない?」
自転車を挟んで近づく距離に焦る。
腕を掴まれたまま一歩下がったら、強く引き寄せられた。
「佐藤先輩?さっきの話、ちゃんと考えといてね?」
「・・・わかってるよ」
しぶしぶ返事をすれば、亮介が満足そうに笑う。
可愛い笑顔、ではなくて、生意気な大人びた笑い方で。