もしこれが、五年前のあの日だったら。



私は心臓を高鳴らせながら、その言葉に甘えていただろうか。



それとも、アヤコのことを思って、断っていただろうか。




どちらにしても、きっとこの上なくときめいて、鼓動を鳴らせて。

“好き”を積み重ねていただろう。









「ううん、大丈夫、ありがとう」


「え、ほんとに大丈夫なのか?」


「うん。……けど、一人になると怖いから、先には行かないでほしい」


「……わかった」






なんとなく、あの頃の自分に申し訳ない気がして。


綾月には触れずに、半歩後ろを歩いた。



驚かしにかかってくる仕掛けに漏れなく悲鳴をあげながら、ゆっくりゆっくり進んでいく。



「吊り橋効果って知ってる?」



綾月は、私が少しでも怖くないように、ずっと会話を振ってくれている。



「あ、聞いたことある。えっと、なんだっけ」



私は、なるべく周りを見ないようにして、必死に会話を繋げていた。



「恐怖を感じている時に一緒にいた人に、恋愛感情を持ちやすくなるんだってさ」


「へ、へぇ」


「本当かどうか、今確かめられるな」



そう言って、冗談ぽく笑う綾月。



そういえば、綾月は中学の時も、そういう誤解を招きそうになる言葉をよく言っていた。



あの頃の私は、いちいちそれに振り回されて、期待したり自惚れそうになったり。



だけど、今なら、ちゃんとわかる。



綾月にとって、それはただ会話をつないでいるだけの言葉。


特に何か意味があるわけではない。



友達同士の会話で、ちょっとした冗談。





変わらないんだな。そういうところも。




「“持ちやすくなる”っていう言い回しは都合が良いよね。この状況で恋愛感情持たなくても、その説が間違ってることにはならないから」


「さすが文学部。視点が違うな」


「そうかな。それって褒めてるの?」


「褒めてる褒めてる」



笑いながら進んでいく綾月。



やっぱり、さっきのは会話の流れの一部であって、特別な意味なんてなかった。



綾月にとっても、私にとっても。






今の私を見たら、中学の私はどう思うんだろうか。