「雪瀬、あっち行こ」



不意に、綾月が二席空いている座席を指差した。



「あ、うん」



返事をして立ち上がると、綾月も立ち上がる。



「おっ! いいねーご両人!」

「熱く愛を語らって来ーい」



囃し立てる先輩たちの声をくぐって、少し早足に席についた。



トス、と隣から振動が伝わって、綾月も隣に座る。



賑やかな空間からは少しだけ離れた席。



「雪瀬……大丈夫?」


「え? あ、うん」



酔っ払った先輩たちに囃し立てられたことを言ってるのかと頷くと、「いや、そうじゃなくて、」と綾月は視線を逸らした。



「香恋ちゃんと春木先輩……」



呟くような声で言って、私に視線を戻した綾月を見て、やっとその意味を理解した。



そういえば、もうずっと、春木先輩と香恋を見ても何とも思わなくなっていたな。



二人を見ると、むしろ、枯れ木色の心がほんのりと和らいでいく気がする。


むしろ、それだけを見ていたいと思うほど。






──“もう、俺を見つけても近寄るな”



思い出したら瞬時に枯れる。




──“あんたも、甘いもん、好きなんだな”



思い出したら喉の奥が苦しくなる。




気が付いたらそればっかり。



どうしてこんな風になるのかわからないけど、苦しいから思い出したくないのに。考えたくないのに。