「...風花」

雨音に消え入りそうなかすれた声が聞こえた気がした。


足を止めて、辺りに視線を走らせる。


「どうした?」


怪訝そうな弘くん。


「なんでもない」再び歩きだす。


マンションの前には大きな桜の木が立っていた。まるでこの街の守神様のような見事な大木だった。今ちょうど満開を迎えている。


「風花」


今度ははっきりと聞こえた。その声は私を幸せにも、地獄へ突き落すこともできる、あの人の声。

その大きな木の下に、徹さんが傘をさしてたたずんでいた。


意識より体が先に反応した。思わず息を飲んで私は後ずさる。


「どうしてここにいるの?」

「お前が菱倉とマンションに入って行く所を見た」


私は目を伏せる。


「お前と話がしたい」