佐伯くんと主従関係

つい口をついて出たのはそんな言葉で。



自分でもびっくりしてる。



「頑張るって結衣、何言ってんのか分かってんの?」



「わかっ、分かってますよ」



「テレビなんだぞ?」



「私は…!さ、佐伯家の執事です…」



佐伯家の誰かが困ってるなら執事が手助けする。



それは当たり前なこと。



「幹也さんが元気ないのは……嫌です」



「結衣…」

幹也さんは元気を振り分けられる人。



私がこの仕事を続けられる1つの理由、その明るさに何度も助けられてきたんだから。



「私は大丈夫なので、お願いします」



「…分かった」



幹也さんだってきっと断るのは嫌なんだ。



私の答え一つで幹也さんのこれからを左右したくない。



「ごめんな無理させて」



「い、いえ!私がテレビデビューできるなんて、親もきっと驚きます!」



そう言って笑うと、幹也さんは「そっか」と頷いた。

「じゃ、また明日な」



どこかまだ元気のない幹也さん。



私に背を向けて扉へと向かっていく。



きっと私を巻き込んでしまったと自暴自棄になっている。



「幹也さん!」



部屋から出て行く寸前の幹也さんを呼び止めると、ドアノブに手をかけながら振り向いた。



「幹也さんの力になれて嬉しいです、私」



だから元気出して、と心を込めて。



幹也さんはニッコリ笑って出て行った。



バタンと閉まった音が、どこか寂しく響いていた。

「あー暑い〜…」



8月に入ると2週間の夏休みをもらった。



なんとなんと、この2週間は何もしなくていいのだとか。



好きな時間に起きていいし、掃除も洗濯もしなくていい。



「三葉さん…明日は収録なんだろ?」



「そうですよ〜」



「そんなアイスばっかり食べて大丈夫なのか?」



ダラダラと今日で3つ目のアイスを食べる私に郁人さんが呆れて言う。



「1日で突然太ったりしないし大丈夫ですよ〜」



「いやそうじゃなくて、お腹壊したらどうするんだ…」

意外と心配性な郁人さん。



「そうですねぇ」



言いながらも食べる私。



「まあいいんじゃない、いつも仕事大変なんだし」



そこで同じくアイスを食べる悠くんがフォローしてくれた。



「でも…」



それでも郁人さんは納得いかない様子。



「じゃあこれ、残り食べます?」



あと一口ほどに小さくなったアイスを見せ、そう笑うと



「はぁ?」



郁人さんは案の定片眉を上げて嫌な顔をした。

「冗談ですよ〜」



「お前な…」



ケラケラ笑う私に郁人さんが溜め息をつく。



「いらないなら私食べちゃ「俺にちょーだい」



それは一瞬だった。



すぐ隣から声が聞こえ振り向いた時には



「!?」



私の手を掴んだ蒼さんにアイスを食べられてた。

「な、なに、何して…」



一部始終を見てた全員、言葉をなくす。



「何してって…結衣ちゃんが言ったんじゃん」



「わ、私が言ったのは郁人さんに「郁人じゃなかったらダメな理由って?」



「そ、そういうことじゃ…」



不覚だった。



みんながいれば何もしてこないものだと思い込んでた。



蒼さんにそんなこと関係ない…



「蒼お前…」



幹也さんが眉を寄せて蒼さんを見つめた。

口元を拭いながら、蒼さんが薄ら笑いを浮かべる。



「何?」



「…結衣で発散してんの?」



いつもより低く、はっきりとした口調で幹也さんは言った。



発散…?



「幹也、お前はいつもその話しに繋げるな」



「だってそうだろ」



「そうかそうじゃないかは幹也が決めることじゃない」



意味深な会話を続ける2人。



私には何も分からない。

「やめろ2人とも。三葉さんの前で」



郁人さんの制止の声で、2人はお互いの目を逸らした。



「あ、えと…蒼さんは私の言葉でアイスを食べただけで……い、いつも人のことからかうしそんな感じの…」



なんとも言えない空気を変えるべく、一生懸命言葉を探す。



だけど、重くなってしまった空気が軽くなることはなかった。



「…えっと……」



佐伯家の過去を知らないこと、初めて悔しいと思った。



私の知らない話しがあるのは当然なのに。



誰よりも自分が、佐伯家の理解者でありたいと思った。

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