これって、私がこの世界の人じゃないからだろうか。

というか、それ以外には考えられない。


だって私は普通の、ちょっとツイてない普通の女子高生なんだ。

いや、まあ今はちょっとどころじゃなく不思議な体験してるけど。


治癒能力はごくごく一般的で、普通に風邪ひくし怪我するし痛いものは痛いし。

こんなの、おかしい。





不意に、すごく怖くなった。

この世界で受けたどんなものも、消えてなくなってしまう気がした。

嫌なことも、辛いことも、嬉しいことも、楽しいことも。


まるで夢幻のように、朝起きたら消えてしまう————




『・・・ちがう。そんなわけ、ないっ』


朝起きたら、マーニャがおはようって言ってくれた。

ラギアが迎えに来てくれた。

ムッシェさんが笑ってくれた。





消えてない。


昨日からの不安も、昨日からの温かさも。





「アサヒ?」


考え込んでいたムッシェさんが、気遣うように私を見る。

優しく左手を握ってくれる。



消えてない。

消えてほしくないものは、何一つ。



消えたのは、嫌な傷跡だけだ。


それなら。






「よかた!」

「うん?」

「いたい、さようなら、よかた!」



それなら、いいじゃないか。

たぶん珍しくツイてたんだ。ラッキーだ。



「むっしぇ、ありがとう!」


ムッシェさんが治療してくれたから。
私の体が案外と丈夫だったから。

だから、消えたんだ。


怖く思うことなんて、なんにもない!

女子的に考えて、肌に噛み痕が残らなかったなんて喜ばしいんだから、喜べばいいんだ!



にっかり笑った私に、ムッシェさんはなんだか弱弱しい笑みを向けた。