なんか思ってもない事になっちゃったなー。



あんなに突然背後から私を抱きしめたような人が女の子に興味が無いなんて。



じゃあなんで。


それに対する答えはすぐに出た。


やっぱり、私と咲妃さんを重ねただけだったのかな。


代替品でしかないんだ。


そう自覚して、今日一の喪失感に襲われる。



その喪失感の中、ブラブラとお店の近所を歩いていて、何気なく近くの時計を見たら17:32を示していた。


そろそろ戻らないと莉嘉先輩とかにも迷惑をかけてしまう。


憂鬱な思いを押し殺して歩き続けているとすぐに学校が見えてくる。



とりあえず自分のクラスに行こう。


そう思い、教室に向かう途中で後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「麗。」

「紫織!どこ行ってたの?」

「え、ちょっと外行ってた。」

「携帯も置いて?」

「...うん。」

「皆すごい心配してたよ。
トイレに行くって言って帰ってこないって。」

「誰が?」

「生人先輩とか、龍橙先輩とか。
莉嘉先輩もずっと探してた。」


莉嘉先輩には迷惑は掛けられない。


「莉嘉先輩どこにいる?」

「今は3-Aの教室に居る!」

「行ってくる。」

「うん。」



彼に会いませんように。


会っても純粋な笑顔で笑える自信が無い。


3-Aの教室には誰にも会わずに行けた。


「莉嘉先輩、居ますか?」


近くにいた先輩に聞く。

すぐに莉嘉先輩を呼んでくれ、莉嘉先輩が飛んで廊下へ出てくる。


「紫織ちゃん!」

「ご迷惑おかけしました。
ちょっと体調悪くなっちゃって。外の空気すおうと思っただけなんですけど。」


「聞いた。来たんだってね。
千谷マジでバカでしょ。
ごめんね。気づいてあげれなくて。」


先輩の代わりに莉嘉先輩が謝ってくる。


「莉嘉先輩は謝らないでください。」


悪いのは莉嘉先輩でも咲妃さんでも千谷先輩でもない。


勝手に劣等感を感じて学校を飛び出したのは私。

私が謝らなくちゃいけない。


「本当にごめんなさい。」

「ううん。
今更子供連れて会いに来るあの人が悪いんだよ。全部あの人のせいにしよう。」


何時間も迷惑をかけた私に優しくそう言ってくれる莉嘉先輩に泣きそうになる。


すると、


-紫織-


と聞きたかったのか聞きたくなかったのか自分でも分からない声で私の名前を呼ぶのが聞こえる。


振り返るとそこに居たのは紛れもなく眉をひそめている千谷先輩で、あんなに嫌悪感を感じてたのに抱きついていきたくなる。


「ごめん。紫織の事全然見てやれてなかった。
怒ってるよな。こんなつもりじゃなかったのに。」


弱々しい声でそう言いながら、きつく私を抱きしめる彼。


「...先輩。
私と咲妃さん。いつでも重ねてください。
私だって重ねてますし。先輩がそれで良いなら。先輩がそれで嬉しくなれるなら、それでいいから。」


「なぁ。映画行こう。」


「え?」


「涼くんのこと教えてよ。
俺もアイツのこと教えるから。
俺と同じように俺を涼くんと重ねて。」


まさかの言葉に拍子抜けしてしまう。


あの映画館をここで切り出して、こんな場面でそんなことを言う先輩は卑怯すぎる。


「紫織ちゃん。もう今日は帰っていいよ
今日のステージも代役立てるから。」


そして、そんなにすぐ代役を立てると言ってのけた莉嘉先輩にも拍子抜けする。


「え、でも。」


「いいの。
二人で話しておいで。
千谷に紫織ちゃんの話したのも私だし、紫織ちゃんに千谷の話したのも私だから責任とらないと。」


「なんか今日のお前キザ。」


「うるさい。

ね、紫織ちゃん?」


いつもの元気な笑顔を見せてくれる先輩に感謝しかない。


「すいません。」


「ありがとう。山本。
紫織。行こう」


そう言う先輩に手を引かれる。


そこで感じたのは数時間ぶりに香った先輩の匂い。



何故か懐かしくて、涙がこぼれる。



咲妃さんを見た時の先輩の顔とかすべてを思い出して、声を出して泣く。



「ごめんな。紫織。」


学校を出たところで私と目線を合わせ、子供をあやす様に涙を拭ってくれる先輩。


「もう、先輩なんか嫌いです。
付き合わなくてよかった。また騙されるところだった。」


「先輩...
もう、名前呼んでくんないの?龍って。
俺女嫌いなんだよ。こんなに好きになったのお前だけなんだけど。アイツには依存してただけだから。
昨日の店にも。女連れていったの初めてだし。
だから今日龍って呼んでくれて嬉しかった。珍しいことしてみるもんだなって思ったのに。」


「龍橙くんの馬鹿。」


「ほんと最悪。」


「どっちがですか。」


「...俺。」


「もう泣かせないでください。
私あの時、『お腹痛いなんて嘘だろ』って引き止めて欲しかった。欲しかったのは心配の言葉じゃない。女心ってものがあるじゃないですか。」


「好きなやつがお腹痛いって言ったら心配するだろ!女の子の日とか、お腹壊してたとか色々!トイレ行くの止めるとかただのDVだろ!」


「そういうことだったんですか?
咲妃さん居たし、私が邪魔だったから丁度いいとかじゃなくて?」


「んなわけねぇだろ。
アイツには悪ぃけどあの後すぐ追い出したわ。
それより何分経ってもトイレから帰ってこないからお前の事しか考えてなかった。
女心の前に男心も知っとけよ。」


「先輩って意外と素直なんですね。」


「龍。
龍って呼んで。それか、龍橙。」


「龍橙くん。」


「おい。」


「龍橙。
龍。千谷龍橙。」


「何。」


「さっきの嫌いって言葉撤回したいです。
好きになりたいかもしれないです。」


「元々ゾッコンだろ」


「龍橙も一緒でしょ?」


「さぁな。
早く映画行くぞ」


「映画嫌です。プリクラ撮りに行きたい...」


「女子か。」


「女子です」


「チュープリでも撮るの?」


「恥ずかしいです。」


「今更恥ずかしがんな。チビ。」


「チビって言われるの私好きです。」


「そりゃ良かった。」





朝ぶりのこの言い合い。


嬉しくて嬉しくてたまらない。


きっと一生この人を嫌いになんてなれない。


さっきまで依存したくないって言ってた私だけど、既に彼には依存してしまっているのも、私自身だ。