朝子ちゃんが、小走りで駆け寄ってきた。
「おはよう、やばいよ。青山さん二股だった。」
「え?」
朝子ちゃんが、クラスから私を連れ出して、話してくれた。
「さっき、クラスに隣の田辺が来てさ、舜くんに詰め寄って、皆の前で青山と別れろだってさ。」
「それで?え?なんで?」

「田辺と付き合いはじめだったらしいよ。」

え?
じゃあ、舜は?

「泣きたいの、舜くんのほうでしょう?かわいそー…。」
「うん…。」

舜に、なんで、次の日答えが出たか、私は自分が悪い気がした。
私のせいで、二人の恋愛が公に曝されたのかな。と、舜を見つめてため息が出そうだった。さすがに見つめはしなかったけど、舜は、ずっと、うつむいていた。

中休み、舜に話しかけてみることにした。

「おはよう、舜くん」

私は、話しかけるときは、舜くん、だったことに気づいて、赤面してきた。
けれども、舜は、全然私を見ようとしなかった。

「あれ?舜くん?」

私は、舜の右頬が腫れているのに気がついた。

「舜…?どうしたの、そのほっぺた。」
「うん?いや、なんでもないよ。」

「今朝…?」

「うん。ねぇ、昨日なにしてたの?」

え?

なんで?

「え?なんで?私?昨日?」

「落とし物。…はい、名前の入ったタオルハンカチ。」
「え?あ!」

…まつやま まなみ …。
「あ!私!あ!…なんで?嘘?キャンディと一緒に?」
「ううん、廊下で、走った時に。」
「格好わるー、私…。ごめんね。昨日…っていうか、いつもあそこ居るんだけどね。」
「格好悪いって、俺?」
舜は、苦笑いしていた。右側の頬が、青くなってすこし、腫れていた。
「やっぱり、俺、駄目だ。格好悪いね。」
舜くんは、また、頬を隠した。
「俺さ、昨日格好悪かったでしょう?」
痛そうに、腫れた頬は、少し口角に近くて切れているようだった。
私は、舜くんに、指で黙ってて、と、合図した。
「腫れてる。痛い?保健室いく?」

「…ううん、いいよ。青山が心配するし。」
「え?」
まだ、青山さんのこと言ってる。まだ、好きなの?舜。
そんな事を聞いていると、不安になってきて、また、胸がどきどきしてきた。
舜は、三角関係だよ?いいの?舜。
「俺さ、これ、青山の前で田辺くんにやられたの。びっくりした。…痛いんだもんね。」

「殴られると痛いよ…舜くん、大丈夫?冷やそう?」
うん、と、こくりと頷くと舜は、私が差し出したハンカチを使って、少しずつ立ち上がった。

舜は、背が高い…高くなってる。また。

「舜くん、高いね。」
「え?うん。なにが?」
「背が…高いね。」

どきどきして、明日まで、夜は長くなりそう。眠れないよ?どんなに朝子ちゃんに話を聞いてもらっても、舜が、近いいまの瞬間の、…ああ、舜の匂いまで近いいまの瞬間の興奮は覚めやらぬ。
鼻筋の途中で骨ばった横顔に、伏し目がちで睫毛が光る。

「松山さんは、優しいよね。クラスでもトップクラスだね。」

舜が、私を見返した。

「舜くん、変わった。」
私は、つい、声にして話してしまった。
「あ…なんでもないよ?…でも…舜くん、引っ越してきて、ヤマハ今でも行ってる?」
話を反らして、顔もかくして、私は舜から少し離れた。
胸のなかでなにか動物でも居るんじゃないかって、くらい、くすぐったい。