「ねぇ、君ひとり?」


どこからともなく、目の前に背の高い男の人が現れた。
暗くて見えづらいが、気配や言葉尻から何となく柄の悪い人だというのが分かった。


本能的にやばいと感じ、頭の中でアラームが鳴る。

気づいた時にはもう足が動き出していた。踵を返し、元来た道を全速力で駆け戻る。


中学のときに陸上部だっただけあって、足は速い方だ。

クラスの女子の中では大抵1番だし、男子ともそこそこ張り合える。
ちょっと走ればすぐに大きな道に出られるし、さすがに人通りの多い道では何もされないだろう。


しかし、その希望は簡単に打ち砕かれる。


「おっと危ない。君すばしっこいねぇ」


さっきとは違う男にさっと行く手を阻まれた。その男がじりじりこちらににじり寄ってくるので、その分私も後ずさる。

だめだ、完全に挟まれてしまった…

逃げ場を失った私は、打開策を必死に考えようとするが、一向に頭が回らない。

男が前に1歩進めば、私が1歩後ろに下がる。それの繰り返し。
そのまま後ろに下がり続けていると、何かにぶつかった。

はじめに私に声をかけた男だ。
思わず、ひゃっ、と声にならない悲鳴を上げてしまった。


「ごめんねぇ、ひとりじゃないんだぁ」


耳にへばりつくような、ねっとりした声が背後から聞こえる。
それだけで悪寒が走った。

もう逃げられない、何されるの、私。どうなるの。いつも通り家に帰れると思ってたのに…


「おとなしくしてたら痛くはしないからねぇ」


目の前の男が、ポケットから何かを取り出し、ちらつかせた。
暗くて何か分かるのに一瞬時間を要したが、街灯の光を反射して光るそれは、ナイフだとすぐに分かった。

ひぃっ、とまた小さく悲鳴を漏らす。
それと同時に、足の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


何でこんな時に私の足は…!


男が目の前から迫る。力一杯押し返そうとするが、後ろの男に押さえ込まれ、簡単に押し倒されてしまった。


「やめて!」


頭を打ちつけた痛みになんて構ってられない。

四方から伸びてくる手をとにかく払いのけようとした。
しかし全く歯が立たない。


「うるっせぇ、静かにしろ。死にてぇか」


また目の前にナイフをちらつかされた。鋭く光る刃先を見て、背筋が凍り思わず声が出なくなってしまう。


たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて…!!


辛さのあまり、ぎゅっと目をつぶって我慢しながら、心の中で何度も唱えた。
一瞬のことだったのだろうけれど、永遠のように長い時間に感じられた。