季節は変わって春。



最近は弟光の入学式があった以外に、特に目立つ事のない日々が続いている。



私時澄優は、そう思いながら縁側で仰向けになっていた。



今は昼食後から少し立った頃。

さっきまで昼の眠気に負けて寝ていた。



「っ〜」

伸びをする。



しばらく続けた後。



ストンッ、と身体から力を抜く。



そのまま仰向けからうつ伏せになって肘を立てて寝そべる。



ーー。



人気はなく、聞こえるのは風の吹く音。



家時澄家は、尋常じゃなく広い。

大きいじゃない。広い。



庭も広いし屋敷も広い。

お風呂も広いし一部屋一部屋が広い。



勿論この縁側も広い。



そんな事を思ってる中、何とも言えない感覚がした気がした。



「…」



気のせいか。

そう思った時。



ーリリリリリリー



電話が鳴った。



正確には携帯か。

まぁどうでもいい。



近くに置いていたスマホを取ってロックを外し、電話を取る。

誰が掛けてきたかは見なかった。



「もしもし」



『…ね…姉ちゃんっ…ゴメンッ俺…助け…ツー』



………!



一瞬で考えて、動き出した。

私の家族は5人。



優しい長兄の麗。頼れる次兄の聖。留守中の祖父の清。

思春期の弟光。祖父に同行中の父の透。



家は裏と表どちらにも存在していて、

私は両方の家の手伝いをしてるが、基本は裏関係の者だ。



世界No.1。

この座は溺れてはいけないが、自覚しないのもまたいけない。



私はそう考えた後、自覚し警戒も時々している。



情報は大事だ。



富を得るには世間の事を知らなければならないし、

生きる中で得てきたものは皆引っくるめて情報だ。



ハッキング。

情報屋。



使えるものは使っている。



だから、先程の光の電話の状況が非常にマズイことはすぐに分かった。



光は、

2、3年前から思春期なのか私といるのを恥ずかしがるし、反抗もする。



会えば構いたくなるのを知っているから、

そもそも会おうとしないし、捕まえなければ必要時以外会話もしない。



そんな光から電話が掛かってきたと同時に、助け…という言葉。



それに、聞こえてきた周りの音もだ。



煩かった。

盛り上がってるというより、争っているような。



…光はいつからか、私が昔出入りしてした暴走族で副総長をしていた。



暴走族の名前は桜凛。

全国トップの正統派の族だ。



必要時以外会話しない光からの電話。

掠れた助け…という声。煩い周り。

全国トップの暴走族。



これらをふまえて、追い打ちをかけるものは情報。



それは、端的に言うと桜凛が異端派の連中に狙われているというもの。

玄関に掛けていたメンズの黒パーカーを着た以外には、

普段着の和服のまま家を出た。



「クソっ…」



バイクに乗って走り出し、直行で向かうのは桜凛。



桜凛の今のメンバーとは音は出ないようにしたものの、

見えない訳もなく近くを歩いていたメンバー2人に見つかった。



「!」

「止まれ!」



そう言われるがほぼ無視同然に桜凛の倉庫の扉前でギリギリ止まる。

滑り込みといわれても今回は何も言わない。言えない。



「な!?」

「!そのバイク!」



…?おかしい。



抗戦中ならバイクがごった返しているはずだ。

だが綺麗に駐輪場に並べられている。



そもそもあのメンバーもだ。



「「!」」



下っ端だが、全く緊張感がない。

やけに目がキラキラしてるのは置いておくにしても、ピリピリしていない。



聞くしかないな。

5秒程度でそう考え、バイクを降りて止める。



鍵を抜いてそのまま倉庫の扉を開ける。



急いでるので騒がれる訳にもいかない。

開けると間もなく走り、階段を上がって幹部室に入る。



ーバンッ



今度は止まらないといけないのもあり、扉が開くと音がした。



「「「「!?」」」」



総長の天音。

幹部の早乙女、橘堂。



彼らは勿論桜凛の幹部達。

見慣れない女子が居るが、今は良い。



光がいない。

それが分かったからな。



「光はどこだ」



淡々と言った。

全員私の登場に驚愕していた。



「なっ、アンタそもそも誰…」

「どこだと聞いている」



急がないと…。



「見当たりません」



赤に染めた刈り上げのようなサッパリとした髪型。

黒のツリ目が特徴の早乙女がそう抗議しようとした直後、天音がそう言った。



はちみつ色の綺麗な長い髪を1つに束ね後ろでまとめた髪型。

琥珀の様な瞳。



優しい、まるで天使の様な…っではなくて。



「姫の珠緒が攫われて、それを聞いた途端すぐ一人で出て行って」



姫が攫われて…。

「どこか目星は無いのか?」



「…ありません」



「そうか」



多分今、私は彼らにとって恐ろしいものに見えているだろう。



焦っている。

余裕がないからな。



日頃抑えられている形のない雰囲気が漏れている。

それは裏社会特有というかそんな感じのもの…。



なのに天音はそんな私と目を合わせて伝えてきた。



その顔は情報が無かったからか悔しそうだったが、目は反らさない。



「分かった。ありがとう」



抜かされそうな高さの頭をなでなでする。

サラサラとした髪は触り心地が良かったりする。



それも2秒程で、私は騒がしくなりつつある桜凛の倉庫を駆け抜け、

先程のメンバーが固まってるのを尻目に、私はもう一つの場所へ向かう。



多分ここまでで、数分程度も掛かっているだろう。


生憎、私には目星があった。



裏社会関係の情報はよく調べているから。



だがそれは当たるか外れるか分からない曖昧なもの。

的確な情報が無い場合の備えに過ぎない。



何せ桜凛に対する嫉妬と羨望は計り知れない。



表立って敵対せずとも、例え桜凛に対する尊敬があったとしても、

全国No.1。桜凛のように。


これはどちらも変わらない。



ーキッ



止まったのはとある倉庫の前。



ここは最近、異端派関係の連中が出入りするのが見られている倉庫。



他はまぁあるにはあるが、

姫が攫われて…となるとそう遠くないだろう。



バイクを降り、扉を開けようとすると開いた。

蹴破るつもりでいたが、鍵をかけないという不用心がいけない。



静かに入る。

中は広くなく、物も大して置かれていない応接間のような作りだった。



続く扉。

それに近づくまでもなく、中が騒がしい。



「〜っ!〜〜」



聞こえないが人の声だ。



大股で進み、扉を開ける。

ーガチャ



今度もすんなり開いた。



開いたが…。



「〜〜っ!!うぅ〜〜っ!」



猿靴を嵌められているのか、唸るような必死な声。

逃げようと、だが反抗する様な。



「大人しくしろよ〜。誰も助けに来ないんだからなぁ」



舐め回すような気持ちの悪い声。

そして、光だろう少年に乗っかる男。



「あ〜、もう我慢出来ねぇーー」



押さえる男。

欲望丸出しの声だ。



「…」



近くに散らかる光の服。



そんな広がる光景を見て、制御を意識した。

…が、そんな場合ではないのは目に見えている為放棄した。



「んー!!んーんー!!」



光…。

「あーもう挿れーガバッ!」



「「!?」」



一人目。

男の身体を蹴りで吹き飛ばした。



壁に激突した男は、ベルトを緩め男性器を出していた。



「っ」



見ないようにした。

押さえていた男も男性器が服越しに目立っている。



蹴った。 

「ガハッ!?」



とにかく光から離したい。



「あ…」



男二人は気絶していた。

つまり、光と私の2人というわけだ。



光と私は年子だ。



柔らかい黒髪セミロングの髪、驚愕や安堵の混ざった赤い瞳。

筋肉の付き始めた体は細く、中性的な印象を与える。



「っ////」



目が合って、光は慌てて身体を隠した。



…上下ともに服を剥がれていた。

かろうじて下着が着せられていたが、それにも手をかけられていた。



男達を見る。

「…」



…あの男達、いっそ海に沈めてしまいたい。

股間の性器が未だ目立っていた。



「うっうぅ」







涙を目にため始めた光。

とりあえずパーカーを脱ぐ。



片膝ついて光に近付き、



ーバッ

着せた。



「!」

「光…」

ーギュウっ



え?



着せた途端抱きついて来た。



「姉ちゃんっ、姉ちゃんっ…俺、怖かったっ」



我慢する様な声だった。



そのままお腹に顔を埋めてくる。

それに対して私も抱きしめ返し、頭をゆっくり撫でた。



「もう大丈夫だ。光、安心して良いぞ」



「!うぅ…うっ…ぐすっうぅっえーー」



…内心ものすごく困惑しながらだが。

何せ泣き出してしまった。



「…」



とりあえず撫でる。

優しく、落ち着かせるように。



サラサラとした髪を撫でながら、私も床に崩して座る。



「うぅ〜」



足を広げて、その間に光が入って抱き締めてくる体制。



そうして、勿論周りを警戒しながら少しの間が経った。