重い足取りで帰宅すると、リビングは別の話題で持ち切りだった。

「あら、おかえりなさい。ねえ理沙聞いて。智樹、K大の指定校推薦取れたんだって」

「まだ学内選考に通っただけだよ」

 ぶっきらぼうに言う兄は、こちらを見ようともしない。

「もう受かったようなものじゃない。良かった、今夜はお祝いね」

 うきうきとキッチンに向かう母をよそに、こわばった空気の中2人取り残される。

「……よかったね。おめでと」

「ありがとう。母さんはちょっと気が早すぎるけどな」

 口元だけで笑う兄に、こんな兄妹らしい会話をするのはいつ振りだろうとぼんやり思っていた。




 幸せムード一杯の食卓に耐えきれず、先に部屋に戻った私はそのままベッドに倒れ込んだ。

「東京の大学かあ……」

 ここからだと、電車を乗り換えて飛行機に乗って……

「遠いなあ……」

 簡単に会いに行ける距離ではない。
 優太からの告白。春から東京へ行く兄。まるで神様が諦め時だと言っているようだ。私は枕に顔を埋める。

 終わらせるにはどうすればいい? 私は誠一を好きなだけであって、自分の兄とどうこうなりたいわけじゃない。いや……誠一はすなわち兄なのか。もう自分でもよくわからない。
 トントン、と階段を上がってくる足音が聞こえた。それは廊下を歩くと私の部屋の前を通りすぎて、隣の部屋に入っていった。兄だ。

「そうだ、ノート渡しておかなきゃ」

 起き上がって部屋を出る。誰もいないことを確かめて、ノックを一回。それから下の隙間にノートを差し入れて……
儀式のようないつもの行為。けれど今日はその瞬間、向こう側から扉が開いた。

「……理沙」

兄が立っている。こわごわと顔を上げると、真剣な眼差しがこちらを真っ直ぐに見つめていた。

「明日空いてるか」

「う、うん……」

「じゃあ一緒に出かけよう。もう一度あの場所に」

 何も言えないでいる私に、兄は視線をそらさないまま言う。

「俺達が最後に出かけたあの遊園地。昔二人で過ごしたあの街へ行こう……誠一とまゆことして」