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社交界。それは、上流階級の名家などの人々が集い、交流する場のこと。つまりは、知的で洗練された会話や振る舞いが求められる。流れてくる音楽は、一流のピアニスト、一流のバイオリニスト、とにかく一流の腕を持つ演奏家が奏でるダイナミックかつ上品なメロディー。みな、一様にその素晴らしい演奏に耳を傾けている。外はすっかり暗くなり、満天の星空が広がっている。それが余計に、雰囲気をかもし出している。
…うん、すごいと思うよ。実際。ただね、前世で、アニソンばっかり聞いていた私としては、この手の演奏は、全部、うまいな…、ぐらいしか感想が出てこない。アニソン、本当、名曲ばっかりだから。是非とも聞いてほしい。
「ふ~…、さすがに少し疲れたわね」
この社交界の主催者のお父様の友人にご挨拶した後、必要最低限の礼儀を守るために、社交界に来ている方に、ご挨拶回り。言葉に気をつけながらの会話。正直、つまらん。メイドのミーナは、馬車にて控えている。でも、まぁ、そこで一つだけ収穫があった。ハース・ルイスは、本日は、欠席だとのこと。ご令嬢たちが嘆いていた。完全に、身構えるようにして臨んだのに、拍子抜けだ。入った瞬間、金髪の男を見るたびに、怯えていたが、今日は金髪を見てもびくびくする必要はないようだ。あやうく、金髪不信になるところだった。
まぁ、とどのつまりは、第1の攻略対象「ハース・ルイス」、社交界の出会いイベント回避!!!やったね!私!頑張った、私!いや、まぁ、特に何もしていないけれども。
身構えるようにして臨み、たくさんの人とのコミュニケーションで疲れた。正直、音楽も、うん、うまいな…、ぐらいの感想しか湧いてこない。それで、会場から抜け出して、辺りを散策していたのである。
そう…、散策していたので…ある。
「…迷った」
ふふふ、何を隠そう、迷ったのである。ただでさえ、広い屋敷で、似たような作りが続いているから、余計わかりにくいんだ!私が、方向音痴とかそういうわけでは一切ない。
どこだ!?ここ!!知らない間に、庭園みたいなところに来てしまった。私の記憶が正しければ、こんな庭園は通ったことないぞ?
引き返すか?いや、引き返したところで、どこから来たのかわからないから、迷っているのだ。迷ったときの基本は、動かないことだけれども、さきほど下手に動いたせいで、完全に場所がわからなくなっている。
ほどほどに困って、辺りを見れば、暗闇の中、ぼぅと光っている場所があった。
恐る恐る近づけば、淡く黄色く光っているのは、花だ。その中心に、人が佇んでいた。
「すごいですわ!!」
その光景に思わず声を上げれば、その佇んだ人が驚いたように振り返った。年は、私と同じ年くらいだろうか?大きな二重まぶたの瞳に、整った容姿。はっきり言って、美少年。今日の社交界に出ていれば、一躍大人気だろう。ご令嬢達がごぞって彼を狙おうとするだろう。それぐらいには整った顔立ちをしている。でも、どこだろう?どこかで見たような気がする。けれど、そんなことを深く考えるよりも、興奮が勝ってしまって、私はまくし立てるように言う。
「これ、あなたがやってらっしゃるの?」
「…そうですよ」
驚いたのも一瞬で、彼は一瞬で笑みを浮かべて、丁寧に答える。
「すごく、綺麗ですね!これ、あなたの魔法ですか?」
「…はい。エンチャントの応用です」
「エンチャントというと強化魔法のことですよね」
「よくご存じで」
にこりと微笑む彼に近づいていく。
「素敵な素敵な魔法ですね」
「ありがとうございます」
魔法によって、花が光っている。暗闇の中に光る花々。とても幻想的な光景だ。
「是非、どのようにしているのか教えてください!」
感動が収まり切らず、思わず彼の右手を取って、自分の両手で挟む。そして、彼の瞳と目が合った。
「あ、ごめんなさい。はしたない真似を」
ぱっと手を離して、即座に謝る。魔法に興奮しすぎて、我を忘れていた。
「いえ、大丈夫ですよ」
少し驚いたふうであったが、ふわりと彼は笑う。
「申し遅れました。わたくし、アリア・マーベルと申します」
遅らせばやドレスを軽くつまみ、挨拶をする。
「…アリア・マーベル」
対して、私の名前を繰り返して、彼は少し考える仕草を取ったわけで…。
「あの…?どうされましたか?」
以前、何か、失礼なことをしたのだろうか?心配になる。
「それは、無駄ではないでしょうか」
「はい…?」
今までと同じように微笑んでいるが、彼の声はどこか突き放すように響く。
「失礼ながら、アリア様は、魔力がない方とお聞きしています」
「はい、残念ながら」
いろんな場所のお茶会や社交界に顔を出すようになってから、そのことを触れてくる人は絶えなかった。けれども昔のように怒鳴り散らすわけでもなく、「そうなんですよー」っていうのを丁寧な言葉に置き換えて、受け答えしている。そうしていると、気がつけば、出る先々で噂をされているようで、最近は、確認されることもなかったのに。久々に聞かれたなーなんて思っていると
「魔力がないのに、学んでどうするんですか?できないものを一生懸命やるなんて、無意味だと思いませんか」
静かに尋ねられた。彼の瞳が、私を真っ直ぐに捉えた。
確かに、魔力がない。コレに関しては、事実だし、否定もしない。正直、転生するなら、チート能力を持って転生したかったよ。でもね、魔力がないのは、もう仕方がない。だから…。
「私は、できないものをできないから諦めるっていうことのほうが、よほど愚かしいと思います」
私は、きっとそういう自分を許せない。もともとは、前世で、途中リタイアした生だ。現世では、最後まで全うするつもりだ。最後までというと、自分が一生懸命に生きるということだ。途中で投げやりになるなんて、そんな自分の方が愚かだ。
「…なぜ、そんなことが言えるんですか?」
どこか、苛立つようにいう彼。それに対して、私は…。
「私は、魔法が好きだけど、魔力は確かにないわ。けれど、それが、何だって言うの?好きなものを好きで何が悪いの?それを学ぶことがそんなに愚かなこと?」
はっきりと言い切った。私は、男性同士の恋愛が好きだ。前世でも好きだし、今でも、好きだ。それを私は、悪いとは思ったことはない。もし、ここで、彼を肯定してしまえば、今までの自分に対する否定だ。
「…私は、友人の方が、早くに始めたことでも、私の方が先にできるようになってしまいます」
「それは、人よりも飲み込みが早いという素敵な才能だわ」
「でも、周りはそうは思いません。私のせいで、誰かが挫折して、不幸になっていくんです。だったら、最初から、無意味なことなんて、しなければいいんだ!!」
丁寧な物言いが少し乱暴になっていく。そんな彼に私は、一言告げる。
「でも、私は、あなたの魔法、感動しましたわ」
「……」
「魔力はないですが、挫折なんてしていません」
「……」
真っ直ぐに私を見抜く彼の瞳は、わずかに揺れる。
「最初に言いましたわ。すごいですわ!って!あなたの魔法で、幸せになりました。この場に、不幸になった人なんていませんよ」
私が、両手を広げて、微笑めば、終始どこか作り物めいた笑顔から…。
「はは…私は何を悩んでいたのでしょう」
右手をおでこに当てて、屈託のない笑顔に変わった。そんな彼を見て、私も嬉しくなり、つられて笑った。花が私たちの周りを淡く照らしていた。
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「私は、どうやら、つまらないことで悩んでいたようですね」
ひとしりき笑ったあとに、彼は、「先ほどは、ご無礼を。申し訳ありません。途中、取り乱してしまいました。」と謝ってきた。「気にしないでください」と言うと「お詫びにお礼をさせてください」と申し出てきたので、「実は、帰り道がわからなくて…」とここまで来てしまった経緯を話してから、道案内をお願いした。すると、快く快諾してくれ、庭から屋敷まで戻っている最中だ。
「ふふ…。そうですね」
私の手を引き、さりげなく誘導してくれる彼にそう声をかけた。こんな美少年にエスコートしてもらえるなんて、冷静に考えたら、レアすぎる。にしても、暗くてあまりわからないが、本当に顔形が整っている。こんなイケメンは、正当な攻め候補だなとか邪な考えが思い浮かび、思わずにやけてしまいそうになる。
社交界で迷い込んだ先に、イケメンと出会って、エスコートされながら、屋敷に戻る。これ、受けが迷い込んで、攻めがエスコートしながら戻るとかだったら、萌えるんじゃないか!いや、最高じゃね!私、天才!?このシュチュ、まじやばいわ!!確か、そう思った覚えがあるんだよな。確か、前世で…。
「そういえば、名前を名乗っていませんでしたね。申し遅れました。私の名前は、ハース・ルイス。以後、お見知りおきを」
思い出したように振り向き立ち止まり、彼は手を離す。そんな微笑みながら名乗る彼を見て、思い出す。あぁ、そうそう、ハース・ルイスとアリア・マーベルの出会いイベントだ。確か、そのときに、アリア・マーベルは、一目惚れしたんだ。そっか、そっか、なるほど、なるほど。思い出した!
…じゃないよ!!!!!
「え…、でも、本日、ハース様は、欠席されていたのではないですか?」
あれ?おかしいな、今日、ハース・ルイスはいないはず。さっき、挨拶回りしたときに、令嬢がめっちゃ嘆いていたよ。
「実は、少し、今日は気分が乗らなくて…。ここの公爵は、私の母の弟、つまりは、私の叔父に当たりまして、本日は、無理を言って欠席ということにしてもらったんです」
「そ…、そうだったんですか」
えっと…、どういうこと!?ということは、目の前にいるのは、ハース・ルイス本人!?確かに、言われてみれば、似てる、似てるけども。
「アリア様の言うとおり、無駄なものはないのかもしれないですね。社交界に出たくなくて、あの庭にいたからこそ、あなたに出会えたのですから」
そういって、再度私の方に手を差し出す彼。いつの間にか、屋敷の側に付いていたようで、照明が彼の綺麗な金髪を明るく照らして、風で彼の髪を揺らしていた。瞳は、宝石のように澄んだ碧。思わず見とれてしまった。
「このあと、ダンスのエスコートさせていただいても?」
まごう事なき「Magic Engage」の金髪碧眼、「ハース・ルイス」その人だ。
「あ…、はい…、お願いします」
差し出された彼の手の上に、私は反射的に自分の手を載せてしまった。
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第1の攻略対象「ハース・ルイス」、社交界の出会いイベント、クリア!
…しちゃ、駄目なんだってばぁぁ!!