「うう……早く持って来いって言ったの先輩じゃないですか」
「それより、智樹。早くお鍋作って」

 律子ちゃんは頬を膨らませて文句を言っているのだが、和音さんはまったく無視して俺を見ている。ちょっと律子ちゃんに同情してしまうな、色んな意味でだけど。

 しかし、お鍋って”アレ”ですか?

 食卓を囲んで家族団らんでワイワイと賑やかに食べる我が国では定番である冬の料理。

 それを今、この季節に作れと?

 それとキュウリはお鍋には入らないと思うのですが?

「あの、和音さん……一つ聞いてもいいですか?」
「なんだよお、お腹空いてるんだから手短にしてよねえ」
「この暑い夕焼けに染まる空の下、汗水流して俺に熱々のお鍋を作れと言いますか、あなたは」
「……いや、こっちのお鍋を作って欲しいなって思ってね」

 と、和音さんが指差した先には、床の上で粉々に砕けた土鍋だった欠片。


 ……そっちかい!


 関西風のお笑いに情熱を向ける若者のように心の中で熱い裏拳ツッコミを入れ、顔は冷静に和音さんに抗議の意を込めて冷たく睨む。

 まったく、ここの人達は相変わらずわけの分からん行動をする。

「無理です。俺は陶芸家ではありませんから」
「智樹なら出来る! 己を信じろ。そうすれば道は必ず開けるのだからっ」

 あなたは俺の何を知っているんですか?

「無理なものは無理です。土鍋が欲しければ、日曜大工部に行ってくればいいじゃないですか」
「えーっ、作った方が早いよ」

 だから、絶対に無理ですって。と言うか、借りた方が早いはずですよ、絶対に。

 和音さんはお腹が空き過ぎて完璧に思考回路が混線しているようだ。この状況で放置すれば変態部長より被害が大きいので、ここは被害者になる前にどうにか対処しないといけない。