『ずっとお兄ちゃんだけを見てたから』

その言葉は、わざと言葉にはしなかった。


なんとなく……もう言っちゃいけない気がして。

……アレだけ吐き出しといて今更だけど。


だけど、樹には伝わったみたいで。返された言葉がそれを示していた。


「そんなにカッコよかったのか、おまえの兄ちゃんは」


ふざけたような言い方に、あたしも安心して言葉を返す。

真面目に話すには、あまりに抵抗のある言葉を。


「カッコよかったよ。他の男なんて目に入らないくらい」


それは決して大げさなんかじゃなかった。


いつでも優しくて、あたしの頭を撫でてくれたお兄ちゃん。

中学の時、クラスの男子にいじめられた時には、クラスに殴りこみに来てくれたお兄ちゃん。


いつかお兄ちゃんとは離れなくちゃなくなる。

そんな未来にやけになって、彼氏とっかえひっかえして毎晩のように夜遊びしてた時、探し出して連れ戻して怒鳴ってくれたお兄ちゃん。


そんなお兄ちゃんが……大好きだった。

だけど、それを誰にも相談できなくて。

友達にも家族にも、誰にも……


言えない想いはどんどん膨れていってあたしを中から苦しめた。

破裂しそうなほどに、痛くて恐くて……それでもお兄ちゃんの笑顔があったから。

だから頑張れてた。


なのに……


『瑞希、オレ、来月家出るな。……結婚したい人が出来たんだ』


張り詰めたものが切れた瞬間だった。


それからあたしは家を飛び出して……気付いたら駅前のロータリーに座ってた。

しばらくは興奮していて何がなんだか分からなくて……ただ、その事実を受け入れたくなくて。

それから、何人かの人に声を掛けられて、何やってるんだろうなんてちょっとバカバカしくなって。

……だけど、どうしても家に帰る気にはなれなかった。



.