「また逃げるの?」


その言葉は私をむきにさせるのに、十分な一言だった。


「斎藤君に、私の何がっ…」


勢いよく振り向き、その反動を使って斎藤君をこれでもかという程睨みつける。


「何で私の事を気にかけるの?やめてって言ったじゃん」


これまでに何度も繰り返し言ってきた言葉。


(今度こそ、斎藤君の心に響いて)


私が本気で嫌がっている事に。


気が付いて。


「私の何が知りたいの?言ったところで斎藤君は笑うだけでしょ?からかうだけでしょ?」


私は近くの机にリュックとコート、マフラーを置く。


「笑えない私を笑うんでしょ?あなたが知りたいと思っている事を私が教えたって、私には何の得にもならない…」


一息で言い切った私は、呼吸を整える。


私が口を閉じたことで閑散とした教室内は、お互いの息遣いが聞こえる程に静まり返っていた。


「違うよ」


その沈黙は、斎藤君の言葉で破られる。


「俺は、川本が何でそんなに苦しんでるのか、知りたいんだ」


「知ってどうするの?」


私の過去を知りたいなんて、とんだ馬鹿げた人だ。


知ったら、きっと後悔するだろう。


「慰めてあげたい」


意外な返答に、思わず鼻で笑ってしまう。