顔を上げるドクターと目が合い、きゅっと唇の端に力を入れる。

伏し目がちに下を見つめてから、その…と小さな声を発した。


「私……経験とか…全く無くて。昨夜は驚いたって言うか、やっぱり怖いと思うのと同時に焦る気持ちがあって…」


かあっと頬や額が熱を帯びるみたいに熱くなる。
それを感じながら唇を噛み、照れを隠すように顳顬を掻いた。


「情けない話ですよね。こんな年でこういう事を言うなんて…」


しかし、隠していても付き合いを続けていくならいずれば分かることだ。

どうせ恥をかくなら今でも後でも同じだと思えて、それに…と今日の昼間に知ったことも口にした。


「私、どうやら人を好きになったのも初めてみたいなんです。これまで誰かに憧れるというのも、そう言えば無かったな…と思い出しました」


つくづくバカみたいに恋愛オンチでしょう…と笑う。
笑わないとやりきれなくて、彼との差が広がっていきそうな気がした。



「バカじゃないよ」


真面目に言うと、彼の手が重なる。
ホカホカとして温かいぬくもりに包まれて、私はその手を見てから顔を上げた。