「え?」
いやいやいやあり得ないって!何言ってるのよこの人!
やっぱりストーカーだ!
「離してください!」
抱き締められた瞬間に玄関の床に落としてしまった旅行バッグを相手の腹に思い切りハンマーの要領でぶつける。
「痛っ」
私は相手が手を離した瞬間に住むはずだった部屋から無我夢中で逃げた。

はあ、はあ、はあ、はあ。
何分くらい走ったんだろう。すごく息があがってしまった。住むはずだった部屋のまわりには住宅街が広がっていたのに今は花園公園と書かれた公園に来てしまった。
今は昼だから子供たちがお昼を食べに一旦家に帰ってしまったのだろう。人気がない公園のブランコに一人座る。
「これからどこにいけばいいんだろ…」
ていうかこれ、お母さんに相談するしかなくない?
なんかあの不審者もお母さんっていうワードを出してたし。
そもそも念願だった一人暮らしが出来るようになったのはあの人のお陰なわけだし。
お母さんはお父さんと学生結婚して私を生んだ。
昔から両親はいつも娘の前でバカップルぶりを見せつけてきた。
そんななか、お父さんの海外転勤が決まってしまったのだ。
私は第一志望で昔から行きたかった白波高校に受かったばかりで絶対に日本を離れるのは嫌だった。
それを両親に言い張ると二人はまた目の前でイチャイチャを見せ始めたのだ。
「えーでも私ひろとと離れたくない~」
「俺も花と離れたくない!ついてくる?」
「いいの?」
「当たり前だろ」
ひしと抱きしめ合う両親を見つめる娘の冷たい視線に気づかないのだろうか。
「え、じゃあ私はどうなるのよ!」
「うーん」
お母さんは腕組みしながら
「じゃあ佐里は一人暮らしね!!」
「ほんとに!」
私はバカップルぶりを見せつけられてきたおかげで早く家から出たかったのだ。両親を嫌いなわけじゃないけど
目のやり場に困る。
最高の高校生活になるはずだったのに-。
「お母さん!!お母さんが借りてきた部屋に変な男いるんだけども!だから今公園にいるの!!」
呑気な声で着信に出た母親に怒鳴りつける。
「なんか私の名前も知ってるの!!抱きしめてきたし!怖すぎるどうしようねえ」
反応がなにもなくて何か言って欲しくて、不安になる。
「あはははははは」
「は?」
急に笑い出したお母さんに意味が分からなくなった。
「もしかして本当にその男に私と一緒に住めって頼んだの?」
私を騙したの?
「うん。だってひろとがそれはさすがに危ないんじゃないかっていうから。私の親友の息子さんが一人暮らししててしかも白波高校だっていうから白羽の矢を立てたのよ。一応あなたも昔会ったことあるから覚えてたのね楓くん。彼の名前は立花楓よ」
「じゃあ私はあの家に帰るしかないってこと?私その人のお腹バッグで殴ったんだよ?気まずすぎるよ。」
なんてことしちゃったんだろう。ていうか私は一人暮らし出来ると思ったのに…。
でも日本には頼れるひとがいない。親戚とも付き合いがないし。
だから、私はそこにいなくちゃいけないことになるのだ。
「まあいいじゃない。彼イケメンよ。恋が始まっちゃうかも!!きゃあなんかドラマみたいね〜」
私は容赦なく電話を切った。


昼前にアパートに着いてそのまま出てきてしまったからお腹が空いたなあ。
でも地理的にあまり良くここがどこなのか分からない。
元々白波高校は私の家から遠くてこの際近いアパートにされたのだ。
「どうしよ…」
旅行バッグも重いしなんでさっきあんなに早く走れたんだろう。今はまだ12時半だからもう少しすれば子どもたちと一緒にお母さんも公園にくるかな?そうしたら住所を行ってせめてどっちの方向かくらいでも教えてもらおう。
「佐里!!」
そんなことを結論づけたのにその瞬間に私を呼ぶ声がした。
「立花楓さん!」
さっきのストーカー…いや同居人となる立花楓さんが公園の入口のところに立っていた。
さすがに今度はちゃんと服着てるけど。
「どうしてここが…」
「お前のお母さんに電話して聞いた。近くに公園なんてここぐらいしかねえよ。ったく手間かけさせんな」
「す、すみません…」
「帰るぞ。あと敬語やめろ。むかしみたいに楓って呼べ」
「え?なんで?」
「一緒に住むんだから敬語なんて他人みたいだろ」
「わ、わかった…楓」
私が楓の隣に歩いて行くとさりげなくバッグを持ってくれた。
なんか探しに来てくれたし、悪い人じゃないみたい…?
いや抱きしめられたのは充分おかしいか。
でもなんかこの人なら大丈夫かも。
そんな気がした。