(完)最後の君に、輝く色を

私が描きたいものは当たり前にどこにでもあるものなんかじゃない。



例えばそう、




蝶々のように捉えたくて、得たかと思えば簡単に美しくすりぬけていくもの



昔、階段から落ちて頭を打った時の火花を散らすような衝撃、閃光のようなもの



だけどそれらは全て天才少女だった時の感覚が教えてくれたもので



全盛期を過ぎた私の脳は美しさも衝撃も閃光も感じない。



もはや私は余生を送っているようなものだ。



いつかあの感覚を取り戻すかもしれないなんて夢を見て、進まない筆を進んでいるように見せかけてキャンパスの中に描いているのだ。



果てしない孤独感と、どうしようもない絶望感、そしてほんの少しの希望を




「ああっ、ちょっと何やってんの悠雅!
aじゃなくてbだって!」



「先輩…先輩がまた反省もせずに冬休みの課題全くしなかったからこんな朝っぱらからわざっわざ筆跡まで似せて手伝ってやってんすよ?文句言える立場っすかね」



「申し訳ございません全て私が悪いんです」



「はあ…ほらさっさと終わらせますよ」



「うんっ…ってあれ?夏実!?何やってんの」



教室に驚いた声が響き渡る。



あーあ
気づかれてしまった。



教室入ってすぐの棚とドアの間の隅間に身を隠していた私。



朝っぱらからなぜそんな状態だったのかはちゃんとれっきとした理由がある。



「昨日美術室に忘れ物したから早くきて、戻ってきたら、優菜たちがいたから邪魔しちゃ悪いかと思って描かせてもらってました」


「…え?」



不信感を隠せない様子で優菜は目を見開く。



そんな我が友にスケッチブックを見せると途端に目を輝かせて私の前に飛んできた。



「ええ、これ私たち!?やばいさすが夏実!!」


感情が素直に表情に出る優菜は心の底から嬉しそうにスケッチブックをまじまじと見つめた。



「これもらってもいい?」



「こんなのでいいならいいよ〜」



そう答えると、瞬間、優菜は私に抱きついてきた。



「嬉しい〜ありがとう〜っ!」



どうせ私の手元にあってもすぐに破り捨てられるものだもん。



むしろこんな駄作をもらってくれてありがとうって言いたい。



小学校からの親友の優菜とその彼氏を描いた絵。



2人が心の底から思いあっていることは1番にわかっているつもりだ。



なのに、絵から愛情は伝わってこない。



彼氏の悠雅くんが優菜を見つめるひたむきな瞳も、
優菜が悠雅くんを見つめる真っ直ぐな瞳も
何一つ描けていない。



目の前ではしゃぐ優菜を見て、また虚しくなる。



もし、100人にこの絵を見せてこの絵は上手いかと聞けば大半は上手いと答えるはずだ。


自惚れではなく。



だけど、人がよく通る街中の壁にこの絵が貼ってあっても誰も目を止めないだろう。



そんな絵なのだ。



外見だけで中身は空っぽ。



まるで今の私のような。



私は島内夏実。


中学二年生。
冬休みを終え、今週から三学期が始まった。



昔から絵を描けば天才だ、なんだと、賞賛され続けてきた。



絵を描くこと大好きで、それはいつになっても変わることはなく、中学校でも美術部に入部した。



だけど、だんだん描きたいものはなくなって、描いたものは駄作でしかなくて、誰でもかける絵しか描けない。



世界が色をなくしたわけじゃなくて、私がその中で輝く一つを見つけ出す眼力をなくしたのだ。



広いキャンパスの中で今の私は1人ぽっち。




「ねえ、見てよこの絵、やばくない?」



「もう何度も見たっつの」



「そんな言わないであげてよ瑠衣。馬鹿なんだから仕方ないじゃん」



「ばっ、馬鹿って私のこと?」



「他に誰がいるの」



そんな私のスランプに気づくことはなく優菜は昼休みになっても絵を褒め続けた。



優菜と共に、小学校からずっと一緒の親友である蒼と瑠衣も優菜には呆れた顔を見せながらも私の絵は認めてくれている。



何も言わないで気づいて欲しいなんて傲慢極まりないことはわかっている。



そうやって自分を責めて、繰り返される負の連鎖にうんざりする毎日。




私以外の全てが、私を置いてどんどん先に行ってしまうようで怖くて苦しくて、




置いていかれないように私はまた今日も放課後、筆を動かすんだろうな。




「私、先生に呼ばれてたからいってくるね」



そう言って手を合わせ、お弁当の中身はまだ残っていたけど、蓋をして私は席を立った。



3人は軽く手を振って私を送り出した。



一階の職員室に向けて階段を降りて廊下を歩く。



外を見れば、男の子たちがサッカーをしている。



こんなに寒いのになんでわざわざ外に出るんだろう。



男の子って正直よくわからない。



大勢でつるんでワイワイ騒いで、
うるさいしつまらないことでギャーギャー笑ってふざけて。



あんまり近づきたくない存在かな。







「失礼します」



入室する時も、色々と手順が面倒な職員室。



教室は寒くて凍え死にそうで、授業中も手が震えて字がうまく描けないし、



それなのに、先生たちはこのエアコンがガンガン効いた部屋でぬくぬくと過ごして、その暖かさは、ドアを閉めて生徒の長居を禁じて、わけてくれない。



先生はずるいからあんまり好きじゃない。



「ああ、島内こっち」



顧問である城野先生が手招きで私を呼ぶ。



歩いていって、前に立つ。



「また佳作」



そう言って賞状を雑に私に押し付けた。



佳作か。



正直賞に入っただけでもすごいと思う。



あれは今までで1番にひどい出来だった。



「まだスランプから抜けきれてないの?
天才少女なんて呼ばれてるのにこんなことでいいの?」



「別に私は天才なんかじゃないです」



「はあ…ねえ、あなたはこの学校一番の期待の星なのよ?高校だってこのままじゃ美術推薦とれないかもしれないわよ」



「自力で行きます」



「言っちゃ悪いけど、あなたあまり学力は高くないでしょ?」



「勉強すればいいじゃないですか。
もう私のことはほっといてください」



この先生は自分の評価を上げることしか考えてない。



だから私にいい賞をとってほしいのだ。



だけど、なんで私が先生のために賞を取らなきゃいけないの



ううん。例え取ってあげたくても今の私には無理なんだ。




職員室を出て、元きた道を戻っていく。



いらいらしてしょうがない。


こんな自分が嫌でたまらない。



「島内!」



後ろから名前を呼ばれまた城野先生かとうんざりして振り向くとそこには



「…平田先生」



「よっ!おーおーすげえ、怒ってんじゃん」



ニヤッと口角を上げて笑うその人を軽く睨む。



「怒ってないし」



「ははっ、お前は表情に感情があんま出ないから他の奴らはあんま気づかねえだろうけど、俺にはわかんだよ
まあ、その気持ちもわかるけどな、あんな頭ごなしに怒られちゃあ腹立つわ」



「あの人嫌い」



「俺も大っ嫌い」



教師のくせして、同僚のことを嫌いだとあっけらかんというその人を好きか嫌いかでいったら好きかもしれない。



うるさいけど、無駄に騒がないし。



面倒くさいけど、入ってきてほしくないとこまでは踏み込んでこないし。



ほんの少し大人だなって感じる。



その辺の男子とは違う。